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あたたかい。(駅×季節 第三弾)

作者: 幾乃 葉

 階段を下り、駅のホームへと出た。数脚のベンチと自動販売機が静かにたたずんでいる。

 誰もいない、と冬美は思った。

 ここには私たち二人だけだ。

 西日の中、息が白く凍る。

「戻る?」

 隣にいる優也が、下りてきた階段を指さして尋ねた。

 電車は先ほど出てしまったので、まだ二十分近く待つことになる。

 しかし、冬美は首を振った。

「そんなに変わらないし、夕焼けが綺麗だから」

 そう言いながら、冬美は階段と反対方向を見た。追いかけるように優也も同じ方向を見やる。

 二人の視線が平行になったが、それも一瞬のことだった。

 冬美は優也の横顔をちらりと見る。

 せっかく二人なのに、戻るなんてもったいない。

 そう思っていると、あ、と優也が声をあげた。そして冬美を見る。

「……座ろうか」

 冬美も思わず、あ、と言ってしまった。

 顔を見合わせ、くすっと笑う。それからベンチに並んで腰掛けた。


 冬美たちの学校は、明日から卒業式まで家庭学習となる。冬美は塾から帰るところだった。

「わざわざ送ってくれてありがとう」

 冬美の住む町はここから電車で三十分ほどかかる。

「家近いから気にしないで」

 優也は笑って応じる。駅に向かう途中で偶然会い、駅まで一緒に来てくれたのだ。

 優也もどこかで勉強してきた帰りらしく、鞄から問題集を取り出した。冬美もならって参考書を開く。

 二人は黙々と勉強していたが、しばらくして優也が質問を投げかけた。

「冬美さんって、どこ受けるんだっけ」

 冬美が参考書から顔を上げて優也を見る。だが、質問をした張本人はうつむいたままだった。

 むっとして、冬美は少し意地悪をした。

「優也くんが教えてくれたら、教えてあげる」

 え、と優也が顔を上げた。

 ──成功。

 わざとだとばれないよう、目をそらして努めて平静を保つ。気を抜くと頬が緩んでしまいそうだ。

 優也は少し間を空けて、

「……北のほう」

 と呟いた。

 ほら、次は冬美さんの番、と優也が急かす。少し考えてから冬美は答えた。

「西のほう、って言おうかな」

 その答えに笑って、ここよりは暖かいだろうねと優也が言った。

「でも、優也くんはもっと寒いところに行くんだね」

 そうでなくとも、ここは冬美の住む町よりも気温が数度低い。凍えそう、とこぼした冬美に、さすがに大丈夫だよと優也が苦笑した。

「冬美さんって、もしかして寒がり?」

「もしかしなくてもそうだよ」

 自分でもとっくにわかりきっているはずなのに、それでも少し恥ずかしい。

 薄暗くなる空の下、二人は再び勉強を始めた。


 少しずつ気温が下がり、吐き出す息は白さを増した。

「……寒い」

 思わず冬美はそう呟いた。優也は、というと問題集を見るでもなく何か考えている。すると突然立ちあがり、そのまま自動販売機の前まで歩いていった。

 あ、と思う間もなく、ピッ、ガコンと音が響く。そしてもう一回。

 はい、と目の前に小さなペットボトルが差し出される。反射的に受け取ってから奢ってくれたのだと気づいた。

「ごめん、お金払うよ」

 しかし優也は手を軽く振って、それより、と続けた。

「渡しておいて今さらだけど、レモンって大丈夫?」

 ──レモン?

 冬美は手の中のペットボトルに目をやった。

『ほっとレモネード』と書かれている。

「いや、コーヒーとか紅茶もいいけど、カフェインよりもリラックスかと思って。それにビタミンCもとらないと風邪引いたら困るし……」

 あ、なんか可愛い。

 意外な一面に、自然と頬が緩む。

 冬美はキャップを開けて一口飲んだ。レモネードが体に染み込んでいく。

「おいしい」

 体の内側に広がるあたたかさと、両手の中のぬくもりに癒される。

 ありがとう、と言うと、満足そうに優也もレモネードを開けた。


 あと数分で電車が来る。

 ──もう、会えなくなってしまう。

 空のペットボトルはもうあたたかみを失っていた。

 心に刺さるかすかな痛みに、とにかく勉強が第一優先だと言い聞かせる。

 もう時間は長く残されていないのだから。──何の?

 冬美はちらりと隣を見た。その瞬間、金縛りにあったような錯覚に陥った。

 優也が冬美をまっすぐ見つめていた。

 正面から目が合う。

 冬美の視線が捉えられ、目をそらせなくなった。

 頬が熱い。

 真剣な瞳に冬美が映り込む。

 二人のどちらかが口を開くよりも先に、駅にアナウンスが響いた。

「──まもなく二番線に電車が到着します、黄色い線の内側までお下がりください──……」

 頬の赤さをごまかすように慌てて冬美は立ち上がった。

「……いよいよだね」

 優也の言葉に冬美は頷く。

「今日はありがとう。──お互い、頑張ろうね」

 そう言って、優也に笑顔を向ける。

 優也も笑い返したが、ぎごちなさがあったのは気のせいだろう。

 しかし、

「それじゃあ……」

 冬美が並ぼうとした、そのときだった。

「待って」

 そう聞こえたと同時に、くっ、と手を引かれた。

「こんなときにごめん、でも俺は、冬美さんが好きだ」


 目の前には真剣なまなざし。

 手首にはぬくもり。

 世界の刻が止まった、気がした。


「……伝えたかっただけだから」

 優也の声で、冬美は我に返った。

 優也は反応のない冬美に勘違いしているらしい。

「違うの、そうじゃなくて」

 ──びっくりしただけ。

 冬美は続きを飲み込んだ。

 ああもう、言いたいことはこれじゃない。

 声が震えてしまいそうだ。

 ひとつ呼吸をする。

「私も、あなたが好き」

 優也は目を見開いて、すぐ笑顔になった。

 ありがとう、と優也の唇が動いたところで冬美の視界がにじむ。

 ひくっ、と泣き出した冬美を優也が優しく見つめる。いつの間にか繋いでいた手とは反対の手で、冬美は流れる涙をぬぐった。

 突如、優也が繋いだ手を離した。冬美は驚いて顔を上げる。

 直後、冬美はぬくもりの中にいた。

 それは一瞬だけだったが、抱きしめられたと気づいたのは優也が離れてからだった。

 呆然としている冬美に優也が囁く。

 次は、卒業式で会おう。

 耳元で言われて、冬美の頬は再び赤くなった。

「ほら、もう行かないと」

 冬美は背中を軽く押された。すでに電車は到着している。

 慌てて冬美は電車に乗り込んだ。そして冬美が振り向いたとき、ちょうど電車の扉が閉まった。

 扉越しに向かい合って微笑む。

 ガタン、と電車が動き出し、冬美は優也に手を振った。

 夕焼けの名残へと電車が走っていく。


実は、一弾が出会い、二弾が進展、三弾が告白という微妙につながった流れでした。

あとは主人公たちの名前に季節を入れるなど少し遊んだりしました。

拙いシリーズたちでしたが、ここまで読んでくださりありがとうございました。

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