第6話 新たな仲間を得た事で
今回は男言葉を話すヒロイン・松臂夕慧の視点で物語が進みます。
「二階堂乱馬…どう思ったか?」
乱馬を夢界から先に帰らせた後、あたし―――――――松臂夕慧は、同じチームの星濫竽喜竹と沖拈華美雨に問いかける。
この日、新たに加わった半夢魔を連れて私はいつもの“夢魔退治”に出向いた。乱馬は中学時代に剣道をやっていたらしく、その剣さばきを自分は間近で見ていたのである。
戦力になりそうだが…
そう思った私の目の前には、竽喜竹がいた。
「目…見せろ」
「あ…」
私は奴が近づいてきた理由をすぐに気が付き、俯いていた顔を上げて奴を見上げる。
半夢魔である竽喜竹は、この夢界―――――心理学上では“普遍的無意識”と呼ばれる領域では、“視力”が強まる。動体視力はもちろんの事、敵や味方の気配を感じ取る力。また、洞察力もある事から、こうして相手の眼を見つめる事で眼に刻まれた“情報”を読みとる事ができる。
相変わらず…竽喜竹の瞳には、引き込まれてしまうような…空虚とも混沌ともとれるものを感じるな…
私はそう思いながら、奴の瞳を見つめていた。
「…もういいぞ」
竽喜竹がそう呟くと、すぐさま視線を落とす。
「どうだった…?」
少し心配そうな表情をした美雨が、奴に尋ねる。
私の“眼”が見た情報をまとめながら、竽喜竹は口を開く。
「まぁ、初回だからこんなものか。とりあえず、戦力にはなりそうだな…」
奴は眉間の所を指で抑えながら、見て感じ取った事を述べた。
「じゃあ…とりあえずこれで、チームが2つ完成…って事だね♪」
「なぁ、美雨…。チーム2つって事は…やっぱり、あたしが二階堂と組むの??」
楽しげに語る美雨と違い、私は少しげんなりとした表情で問いかける。
そんな自分の台詞に彼女は一瞬固まるが、腕を組んでから再び口を開く。
「…うん。もちろん、場合によっては竽喜竹君や私と組むかもしれないけど…夢魔の特性上、男女一組で組むのが最善でしょう?」
「…仕方なし…か」
私は美雨の最もな意見に同意せざるを得なかった。
というのも、男型のイキュバスと女型のサキュバスのどちらでも対抗できるように、チームは男女一組で組まなくてはいけない。これは自分が属するコミュニティー“四面楚歌”での鉄則でもあり、夢魔退治には欠かせない事だからだ。
「…とりあえず、帰ろうぜ。そろそろ、現実世界も朝になるだろうし…」
「…だな。学校は面倒くさいが、休むわけにもいかねぇし…」
竽喜竹の意見に同意した私は、自分が手に持っていた患者のカルテに視線を下す。
新たなチーム結成…か。あたしの目的に、一歩でも近づいていればいいが…
私はカルテを見つめながら、少し前に行動を共にしていた二階堂乱馬の事を思いだしていた。そうして私ら3人は少しの会話を経て、夢界から現実世界へと戻るのであった。
「お!おかえり、美雨」
「ただいま、夕慧ちゃん」
その後、夢界から戻った私らは普通に学校へ行き、時間は夜8時頃になっていた。
自分より後に戻ってきた美雨を、私は勉強机に座った場所で軽い笑みを浮かべて迎える。
乱馬や竽喜竹は自宅から通っているらしいが、私と彼女は文面学園が所有する学生寮に入っている。今の会話からわかるように、美雨は私のルームメイト。他人との交流を嫌う私だが、彼女と一緒にいるのはあまり嫌ではない。それはおそらく、自分と同じ半夢魔だからだろう。
「柔道部、未来のエースになれそうか?」
「う~ん、どうだろう?文面学園の柔道部はスポーツ推薦で来ている子もいるし…まぁ、まだ1年生だしね」
私の問いかけに対し、美雨は謙虚な返答を出す。
帰宅部である私に対し、彼女は高等部の柔道部に所属している。艶のある黒髪と制服の第一ボタンを占める彼女は、一見すると可憐な優等生。しかし、そんな彼女の得意とするのが柔道で、同世代の男子にも劣らぬ腕を持つ。“見た目とのギャップがある”とはまさにこの事だろう。
そのため、美雨が夢界で強化される能力は当然、“体術”なのであった。
最も、半夢魔が持つ能力では竽喜竹のような能力の方が珍しい…か
私はその後、今日出た宿題をやりながらそんな事を考える。
榎本先生曰く、半夢魔が夢の中で強化されるのは足技や体術といった、スポーツの影響を受ける力が多い。これらは実体験に基づいて本人に眠る潜在能力が解放されるためである。逆を言えば、五感で体感したことのない能力を夢の中で使うのはほぼありえない。例えば、映画や漫画等で出てくる魔法なんかは、それに当てはまる。科学で発展してきた現代の日本にて、魔法は存在しない。そのため、“能力が強化される”のは、私らができる範囲での能力しかないのが現状である。
「あ…ちょっと、電話出てもいい?」
「ああ…いいぜ」
美雨が制服から私服に着替え終えた時、彼女が持つスマホの着信音が鳴る。
その音で実家からの電話だと気が付いた美雨は、私に一声かけてから電話に出る。
「もしもし、お母はん?…どうしたん??」
電話に出た彼女は、その台詞を皮切りに家族との通話を始める。
地方の人って、皆こんなに切り替え早いのだろうか?
私は美雨が口にした京ことばを聞いて、ふとそんな事を考える。ずっと関東圏内に住んでいるので、標準語以外の言葉を話した事がない。一方、美雨の実家は京都。そのため、家族からの電話とかでは、よく京ことばを耳にしている。
何故、東京の学校に入学したのかと気になった事はあったが、本人があまり話したくなさそうだったので、詮索をした事はない。
誰にでも、触れられたくない事はあるだろうしね…
一瞬、シャーペンを動かす右手を止めた私は物思いに浸っていた。
「ありがと、夕慧ちゃん」
「どういたしまして」
美雨の屈託のない笑顔に、私も思わず笑みを浮かべる。
そんな何気ない会話をしながら過ごした私達は、寮の消灯時間でもある22時を皮切りに翌日の用意をして床に就くのであった。
この日の晩、私は一つの夢を見る事となる。必死で忘れようとしている、“自分が死んだ日の夜”の事を――――――――――
満月が照らす闇夜の中、当時10歳であった私は叢の上に横たわっていた。しかし、そこにいるのは自分一人ではなく、見知らぬ男が私の上に覆いかぶさっていた。男はナイフで私の服を切り裂き、右手で私の胸や尻をわさぐるように触れる。そして、己の唇を私の首筋に近づけ、舌を這わす。
当の私はきっと、ひどい表情をしていたのであろう。恐怖と絶望に支配された私は、木から見え隠れする月を死人のような眼差しで見上げていた。ただ過ぎていく恐怖の時間。最初襲われた時に抵抗はしたが、10歳の子供が大の大人に力で敵うはずがない。それでも暴れる私は男に頬を殴られ、腹部に当て身を食らわされる。そこで逆らえないと直感した自分はおそらく、己を守るためにも抵抗を止めたのだろう。
そんな過去を振り返るような忌まわしい夢であった―――――――――――――
「っ!!!!」
その直後、私は夜中に突然眼を覚ます。
瞬時に起き上った私の身体は全身が汗だくとなっていた。
「夕慧ちゃん…大丈夫?」
「!!」
突然声をかけられた私は、美雨の第一声に身体を震わせる。
「夢…を、見た…」
「それって、どんな…」
おそらく、うなされていた私に気が付いて起き上ってくれたのだろう。
心配そうな表情で美雨は自分に問う。しかし、歯ぎしりをし、両腕で自分を包み込んでいた私を見て、彼女は悟る。私がどのような夢を見ていたのかを…
「つらい過去を夢で見るのは…きついよね…」
「!」
そう優しげな口調で語りながら、彼女は私をソッと抱きしめる。
ひどく怯えていた私は、その行為があっても安心する事ができなかった。
「あたしは…あたしは生まれ変わったんだ…生まれ変わったんだ…あの時…あの出来事で…“女である松臂夕慧”は…死んだんだ…!」
呪文のように私は何かを呟く。
まるで、自分に暗示をかけて過去から逃れようとするように―――――――――――
「夕慧ちゃん…」
私の台詞に戸惑いつつも、彼女は私を抱きしめている腕を放す事はなかった。
「でも、“そういう夢”を見た原因はおそらく…二階堂君が仲間になった事が起因しているんじゃない?」
「…」
美雨の言葉に、私は返答はしなかった。
というより、「そういう意味か」と少しずつ自分の頭が冴えてくるのを感じていた。今の台詞の解説をすると、私が見た夢―――――いわゆる“セックスする夢”とは、性的な願望を示すのではなく、何かに打ち込んでいたり、新しい事にチャレンジしようとしている時に見る夢だとされている。おそらくは二階堂乱馬という新たな“仲間”を得て新しいチームの一員になるという現実世界での出来事から見たのだと、美雨は解釈したのだろう。
その後、私の震えが止まったのを確認した彼女は、抱きしめていた腕を放す。
「落ち着いたみたいね?」
「ああ…。悪い、心配かけたね…」
「ううん…」
美雨に礼を述べた私の視界に、目覚まし時計が入ってくる。
それが示す時刻は夜中の3時頃を指していた。そのため、再び床につかなくてはという想いが生まれる。
「貴女の目的…“夢魔の長を倒す”という悲願を叶えたいのなら…まず、自分と向き合い…心も身体も強くならなきゃ…だよね」
「ああ…」
私は自分の布団を見つめながら、首を縦に頷く。
「今は兎に角…力と蓄えるとき…だよね」
「ああ…」
「…おやすみなさい」
意味深な台詞を口にした美雨は、そのまま何事もなかったように布団へ入って眠りにつく。
しかし、あまり気を遣われるのを好まない私にとっては、正直ありがたい対応であった。
そうだ…あたしは“奴”を殺すためにも…強くならなくてはいけないんだ。身体も…精神も…!!
そう言い聞かせた私は再び布団にうずくまり、朝まで眠りにつくのであった――――――――――――――――
いかがでしたか。
相変わらず、わかりにくい事が多い話。
ただ、夕慧視点は初めて書いたので、少し楽しみながら?書いてました。
さて、彼女が見た夢について…
作中に出てきた”セックスの夢”に関する解釈は、心理学の本にも載っていたので本当の事らしいです。もっとも、夕慧が見た夢の出来事は男女が普通にするものと大分内容や事情が異なりますが…
今回は夕慧視点で書いたので敢えて解説しなかったのですが、文を読んで察して戴けた方もいるかもしれません。
客観的に説明すると、彼女は10歳の頃、通り魔的なかんじで強姦に遭ったという過去を持っています。そのため”自分は一度死んだ”というような台詞を述べているかんじです。
彼女の過去については次回以降で別の人物が乱馬に説明する事となるので、ここでは解説を入れませんでした。
今作ではいろんな夢の事例を挙げる一方で、話が進むにつれて登場キャラが抱えているものについても触れていこうと思っています。
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します★