第1話 悪夢のような事故と出逢い
「おはよう、乱馬!」
「お…おはよう、志愧」
朝8時頃、駅のホームで僕は親友である葉慙間志愧と会う。
僕たちは毎朝、電車で4駅先にある文面学園町駅まで乗ってから学校へと登校する。何気ない会話をした後、二人はいつものように電車の五両目へと乗り込む。
「志愧…顔色優れないけど、どうした?」
「ん…?」
僕は彼の様子がいつもとおかしかったので、首をかしげながら尋ねる。
すると彼は、左手に持っていたスマートフォンを鞄に閉まってから口を開く。
「今朝…ちょっと嫌な夢を見たからそのせい…かもな」
「夢…」
僕はこの時、”また”自分が夢に出てきたと言われるのかと思い、表情が強張った。
「空から地面に叩き落される夢…。しかも、俺を突き落としたのが…!」
「お…おい!顔色が…」
自分が見た夢を語ろうとする彼の表情は、次第に青ざめていった。
「悪い…もう大丈夫だよ、志愧」
僕はこれ以上詮索するのはよくないと考え、その夢の話は打ち切りとなった。
いつも明るくて元気な志愧がこんなに青ざめるなんて…よほど怖い夢だったのかもな…
僕は車窓から見える景色に視線を向けながら、そんな事を考える。
「そ、そういえば…もうすぐ君の兄貴が帰ってくるんだよね?」
「!」
僕が違う話題を切り出すと、彼は我に返った。
まだ会った事がないが、彼には2つ上の兄がいる。今はホームステイで外国へ行っているそうだが、時期的にそろそろ日本へ戻ってくるはずだ。
「そういえば、兄貴が…」
そう口にした志愧の表情はいつもの彼に戻っていた。
あれ?あんなに青ざめていたのに…
まるで表裏が逆転したような変貌ぶりに、僕は戸惑いを隠せない。
「兄貴に乱馬の話をしたら、一度会って話がしたいだって。お前、兄貴と面識あったっけ?」
「いや?全く接点ないはずだけど…」
志愧の口ぶりからして、本当に彼の兄貴が僕に会いたいのだと悟る。
でも、面識全くないのに何故僕に会いたいなんて…?
志愧の変貌っぷりにも驚きだったが、彼の兄貴が何を思ってそんな事を弟に言ったのかがまるでわからない。
あ…れ…?
会話に夢中になっていた僕は、複数の視線を感じる。大勢に見つめられているほどではないが、何故か変な感覚を覚える。とても居心地が悪くて仕方がない。
制服とかから臭っているのかな??
僕は自分に視線が向けられているのかと思い、制服のネクタイや鞄に触れようとしたその時――――――――――
「うわっ!!?」
金属を引っかいたような音が周囲に響き渡り、思わず耳を塞ごうとする。
「おい…停車駅過ぎてるぞ!!?」
その直後、乗員の男性が声を張り上げていた。
乗客の多くが戸惑いの表情を見せる。しかし、乗客全員がゆっくりと戸惑っている時間はなかった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「うわぁぁぁっぁぁぁぁっ!!!」
急停車や急カーブをしてわけでもないのに、車両が突然傾く。
「ぶっ!!!」
乗客の悲鳴にあわせるかのように、僕の顔面は他の人たちの体に衝突。
朝の通勤・通学ラッシュの時間帯だったので、乗客が多いのは言うまでもない。そのため、いろんな人によって押しつぶされそうだった。
「このかんじは…まさか…!!?」
「志愧…!?」
僕は心臓が強く脈打っている中、目を見開いて驚いている親友の顔が視界に入る。
乗客が皆混乱していたため、僕は彼が何を口にしていたのかを聞き取る余裕がなかった。そして、轟音が鳴り響いたと同時に、僕は恐怖の余りに瞳を一旦閉じる。それによって己の視界が真っ暗闇になるのであった―――――――
「ん…」
何かに衝突をしたのか、こめかみに感じる痛みで僕は目を覚ます。
意識が朦朧とした自分の視界に入ってきたのは、地面に倒れた乗客達。そして、なんとか携帯電話やスマートフォンを取り出そうとする乗客の姿だ。車内を照らす照明が壊れたのか、辺りが薄暗い。外は太陽が少しずつ昇ってきているので、それのおかげで周囲が見えるといった状態だ。
「まさ…か…?」
幸い、僕や志愧は自動ドアの前に立っていたため窓ガラスから見える外の景色を確認する事ができた。
前方にはビルに衝突して大破した1両目や、他の建物に衝突して横倒しになった2両目が見える。目を細めてやっと見えるくらいの距離にある踏み切り前では近隣の住民らしき人達が集まっているのが見える。どうやら、僕らの乗った電車は脱線事故を起こしたらしい。その光景は、まるで悪夢を見ているような生々しさであった。
って事は、世間上でパニックになっている…?
そう思った僕は手探りで鞄に入れtたスマートフォンを取り出す。スイッチを押すと、待ち受け画面とデジタル時計が表示される。
午前9時半…最寄り駅を乗ったのが8時過ぎだったから、一時間近く意識を失っていた…って事かな
僕はこめかみから感じる痛みに耐えながら、スマートフォンを操作する。幸い電波もたっていたので、災害用伝言板を開く事ができた。「脱線事故に遭ったみたい。でも、無事だから大丈夫」とゆっくり打った後登録を完了した。
自分が事故に遭遇するなんて思いもしなかったけど…こうして冷静な判断ができたのは、やっぱり小さい頃、震災を経験していたからかな…
僕はため息をつきながらそんな事を思う。僕が5歳の頃、この日本にて大震災が起こり、東北を中心に多くの被害を出した。関東は東北ほどの被害はなかったが、小学校入ったばかりの自分としては、一生忘れられない経験だった。
今はとにかく、助けが来るのを待つしかない…か
スマートフォンを鞄に閉まった僕は、腕を下ろしておとなしくする事とした。停電しているという事は、目の前にある自動ドアもすぐには開かない。昔、何かの本で無駄に抜け出そうとして動いたら車両が横転したというのを聞いた事があるので、「余計な行動はしない方がいい」と自分の中で自然と判断していた。
「乱馬…お別れ…だね」
「志愧…!?」
すると、乗客の男性ごしに志愧の声が聞こえてくる。
何を言っているか聞き取れたものの、それが何を意味する言葉なのか僕にはわからなかった。また、目の前には自分より背の高い男性が覆いかぶさるように気を失っていたので、彼の表情が全く見えない。
どういう意味…だ…?
僕は段々と意識が遠のいていくのを感じる。それは、いくら冷静だからとはいえ、極度の緊張感を持ち続けていたためか。あるいは、親に安否を知らせる事ができて安堵したのか――――原因はわからないが、僕の視界が再び暗くなろうとしていたのであった。
その後、僕らは駆けつけた救助隊によって助け出された。頭を軽くぶつけただけで他に外傷はなく、翌々日にはいつも通り学校へ通えるまでに回復をしていた。その日に起きた脱線事故は多くのメディアで取り上げられる。僕らが乗っていた五両目は、文面学園町駅ホームにある階段に一番近い場所として学生に知られていたため、そこに乗っていた初等部・中等部・高等部の学生は軽症で済んだらしい。また、9月の上旬でまだ休みが明けていない文面学園大学の生徒は、ほとんど被害がなかったという。
「あ痛たたた…」
事故から3日後、僕は絆創膏を貼ったこめかみを押さえながら、高等部へと登校する。
あの事故以来、音沙汰がないってアパートの大家さんから聞いたけど…何かあったのかな?
僕はスマートフォンの待ち受け画面を気にしながら、予鈴が教室に鳴り響くのを聞いていた。というのも、あの事故以来、志愧とは会っていない。実家暮らしの自分に対して彼は、アパートで一人暮らしの身。家賃の事もあってか大家さんから「連絡が全くない。何か知らないか?」と学校経由で自分に連絡が来たからだ。
兄貴以外で志愧の家族ってよく知らないしな…連絡のしようがない…
僕は親友から連絡が来ないかと、授業中もスマホを気にしていたがメールを通知するバイブレーションすら鳴らない。
思えば、小学校の頃からの仲だけど…意外と志愧の事知らないよな…
つきあいが長いはずなのに、家族の事とかあまり聞いた事のない僕は何かもどかしい気分だった。
「二階堂…だっけ。ちょっと面貸せ」
「へ…!?」
授業が終わり帰宅しようとしていた僕に、一人の人物が声をかけてくる。
鞄に教科書を詰め終えて立ち上がろうとした自分の目の前に現れたのは、二の腕くらいまで伸びた長い茶髪を靡かせた女子。
「松臂夕慧さん…だっけ?あの、僕に何か…?」
鋭い視線で見下ろす彼女に対し、僕はタジタジになりながら用件を聞き出そうとする。
すると、松臂さんは苛立ったような表情をしながら口を開く。
「あの脱線事故とやらで遅れちまったけど…あんたに会わせたい奴がいる。ついてきな」
そう告げると、彼女は鞄を持って教室を出て行ってしまう。
「ちょ…!!?」
何故彼女が僕を呼び出したのかはわからないが、僕は無意識の内に鞄を持って教室を飛び出して行った。
彼女―――――――――――――――松臂夕慧さんは男言葉を発しているが、れっきとした女子高生。スタイルも良くて男にもてそうな顔をしているだけでなく、入学式では新入生代表の答辞をしたいわゆる主席。一見完璧そうに見えるが、自分の事を「私」と呼ぶ以外は常に男言葉を使い、その強い眼差しは一部の人間には恐れられている。僕も彼女の男言葉を聞いた時はひどく驚き、「彼女とは関わらない方がよい」と思い意識的に関わっていなかったから、あまりよく知らない。
でも、何故だろう…?
半ば無理やり呼び出されたのに、それに対して不快には感じていない自分に少し戸惑いを感じていた。
ん…?
彼女の後をついて行きながら歩いていくと、昇降口近くで女子の集団を見つける。しかし、僕の視界に真っ先に飛び込んできたのは、その女子たちではなく、彼女に囲まれていた一人の男子生徒。濃い茶色の髪をしたそいつは、女子たちに囲まれているのに、どこか投げやりな表情に見えた。
「おい、星濫!」
「あ…?」
僕の前を歩いていた松臂夕慧は、思い出したかのようにその生徒を呼ぶ。
こっち見た!?
男の視線が自分の方に向いて驚いたが、彼が見ているのは茶髪の美少女の方であって僕ではない。
「こいつを先生の所連れて行くから、あんたも来て」
「…お前が…」
松臂夕慧はそう言いながら僕を親指で指す。
すると茶髪の少年―――――――星濫竽喜竹は、今度こそこちらに視線を移す。僕を見て何て呟いたのかはわからないが、星濫竽喜竹は大きなため息をついてから、女子たちの囲みから抜け出してくる。
流石、学年一のモテ男…。あんなに冷たくされても、女子たちの熱い視線は収まらない…
僕は彼を見つめながらそんな事を思う。一見する限り、無理やり女子達を遠ざけたように見えるが、そんな一匹狼みたいな態度が良いのだろうか。彼を囲んでいた女子達は憧れの眼差しを向けていた。おそらく、漫画とかのイラストで描くならば、目がハートマークにでもなっているかもしれない。
「おい、二階堂。さっさと行くぞ」
「あ…ああ」
すると、痺れを切らしたのか苛立った表情で松臂さんが僕に促す。
「…あいつ、美雨に似ているかもな」
「はぁ…?あの子の方がしっかりしているし、全然そう思えねぇけど…」
彼女の横に立った星濫竽喜竹は低い声でそんな台詞を呟く。
何が何だかさっぱりな僕はとりあえず、彼らの後をついて行くしかなかった。
「あ…。竽喜竹君に、夕慧ちゃん!」
「待たせたな」
彼らの後をついて町の中を歩いてから数十分後、一つの建物の前に文面学園高等部の制服を来た女子高生が立っていた。
松臂夕慧は黒髪であるその女子高生に対し、親しみをこめたような声で答える。
『榎本医院』…?
僕はその少女の後ろに見え隠れしている看板の文字が目に入る。何故そんな場所に自分が来るはめになったのかと考えていると、黒髪の少女と目が遭う。
「あの…二階堂君…ですよね?」
「あ…ああ」
黒髪の少女は、僕に対して上目使いをしながら確認するように声をかける。
しかし、挙動不審になっていたのはその第一声だけで、僕が頷いた直後は明るい微笑みの表情になってから再び話し出した。
「私は、そこにいる松臂夕慧ちゃんの同級生兼ルームメイトの沖拈華美雨です。宜しくお願いします!」
「よ…よろしく」
その無邪気な笑顔は、少し怖めな彼らと違い、一種の「癒し」のようなものを僕は感じていた。
「…さっさと中に入るぞ」
「あ…そうだね、竽喜竹君。行こっか!」
挨拶をしていた僕らの間に突然、星濫竽喜竹が乱入してくる。
左腕で沖拈華さんの肩を抱き寄せた後、彼は不機嫌そうな声で促していた。その表情は外から見ると不気味で、彼女もそれに気が付いているのか…少し怯えているようなかんじに見えた。
絶対、この星濫竽喜竹はドSだろうな…
僕は彼らのやり取りを見て、不意にそんな気持ちが芽生えた。
沖拈華さんらが建物のインターホンを鳴らして中の人物と話した後、中へと入っていく。
「おい…」
「は…はい…!」
僕もついて行こうとした時、後ろにいた松臂夕慧が自分の横に来て声をかけてきた。
「あんたも…あたし達と一緒で、普通の高校生活は送れなくなるって事だな」
「え…?」
彼女の台詞を聞いた僕は目を丸くして驚く。
何を言っているんだろう??でも、それよりも…
意味深な台詞の真意はわからなかったが、僕が目を丸くして驚いたのは今の台詞ではなかった。
「あんたもあたし達と同じ、人間と夢魔の血を引く者…“ハキュバス”だから…」
「!!?」
“ハキュバス”という言葉の意味はわからなかったが、そう僕に告げた彼女の表情はどこか寂しげに見えた。
現実味のない台詞に、僕は思考が停止してしまう。そんな自分を茶髪の少女はすがるように見つめていたのであった―――――――
いかがでしたか。
やはり、第1話となると気合入っちゃっていて話の区切りが難しいですね。苦笑
ほぼ初めて描くSF。「サイエンスフィクション」というよりは、「サイエンスファンタジー」に近い作品かなぁと書いてて思いました。
本当はもう少し続けて書きたかったですが、この後があれやこれやと物語の世界観説明いっぱいになりそうなので、今回はこの辺りで区切ってみました!
久々の男の子主人公なので、筆者的にはドキドキです。
前の作品では装束に関する本を読み漁りましたが、今作では”夢”や”心の表裏”をテーマとしているので、心理学の本やネットの資料を読み漁ってました。
多分、今後もそうなりそう…?
まだ第1話なので感想も何もないかもしれませんが、それでも感想やご意見などがあれば、どしどしお願いします!
最後に、一つ。この物語では今後、心理学で出てくる話がチラホラ出てくると思います。その中で皆麻解釈で執筆するような裏づけ(無論フィクション)を書きそうですが、心理学を学んでいる方やそちら関係のお仕事をされている方々。
何これ?とか思われるかもしれませんが、フィクションとして見て戴ければ幸いです。
ではでは☆