8.宇宙でお姫様に謁見しました
スタスタと扉をくぐっていくロゼ。その後をブレットも慌てて付いて入った。
中はホテルのスイートを思わせる作りだ。しかも、観光地に建っている豪華ホテルの類ではなく、有名保養地に建てられた特権階級用の豪華ホテルのスーパースイートだ。
壁や柱、調度品の細部に至るまで手の込んだ作りになっている。女神っぽい人物に跪いた青年が描かれた宗教画的タペストリーや、高そうな壺、そのた諸々、そこここに展示されていた。
ここでもネコ耳達が数匹、無意味に惰眠を貪っている。
『一体何匹いるんだ? この船に。』
ブレット、目下の疑問だ。
リビングの中央に、巨大な黒檀テーブルが設置されていた。重機でなければ移動できないだろう、と思われる質量。鏡のような光沢感。超縦長デザイン。
そのテーブルに、カップを手にしてくつろぐ人物が二人。オイスター船長とポロネーズ機関長だ。
テーブルの上座には、若い女性が座っている。ロゼと同じ、ウレタンっぽい素材の白いロングドレス姿だ。
一目で、この人が最重要人物であることが判った。
美しい!
ロゼよりも二・三才は年上だろう。腰まで伸びた蜂蜜のような金髪は、自ら発光しているかの如く輝いている。ロゼの髪も綺麗な金色をしているが、この人には完敗だ。
金髪とくれば碧眼。エメラルドのような……といった表現はこの人に失礼であろう。どんな宝石よりも光を湛え、かつ深度透明。少なくとも緑系で右に出る宝石はありえない。
真珠の唇は、肉厚すぎず薄すぎず、柔らかさとみずみずしさがセクシーだ。
顔にしろ手にしろ、露出している肌は、幼女のようにきめ細かく白かった。
各部を構成するパーツは、神の手による精密さで、一つ一つの動作が洗練されたバレエを踊っているかのごとし。
こんな表現をしても、彼女の完璧な美を1%も表現できていない。
もっと正確に表現しよう。
全知全能の神が『美』をテーマに一つの作品を作り上げようと、一心不乱不眠不休で六日間働き、七日目にこれがオレの求めた美だと、ダブルピースしたあげく、力つきて熱を出して寝込んでしまった。……程に、全力を傾注させ作り上げた芸術作品。と言えば、だいたい正確に表現できる、……まだ甘いか?
「この方が、この船の主」
ブレットは、誰に説明されるでもなく電光石火で理解した。
彼がタンコブを作って消毒臭い保健室でノビている間、美の化身と優雅にお茶を飲んでいたオイスター船長とポロネーズ機関長に、殺意を抱いたとしても不遜ではなかろう。
ロゼは美しき主に向かい、ちょこんと膝を曲げて敬意を表し、ブレットに紹介した。
「こちらが我が主、ファム・ブレィドゥー号の艦長にして、ハスクバナード王国の第三王女、アーシュラ・レオ・ナ・ルーデドル・ハスク・アトラース殿下であらせられる」
アーシュラ艦長……いや、王女は優雅に席を立ってドレスの端を掴み、これまた優雅に挨拶してくだすった。
「あなたを我が主と認めます」
頭を垂れて片膝をつき、臣下の礼をとるブレット。脳ではなく、脊髄が彼を動かした。
「その判断はまだ早いですよ」
アーシュラ様は屈託のない笑顔をその麗しい顔に浮かべた。
「さあ、あなたのお話をしてください」
右手を差し出し、自然に話をうながした。
「は・は・は・初めまして、ぼ・ぼ・ぼ・ぼ・僕は、ロイヤル宙運の社長で、ロイヤル薬師丸の航宙士で、副長兼任のブレット・デューティです。十七才です。趣味はモーターサイクルで、好物は薄切り肉のフライのウスターソースかけです!」
一気に大汗を掻いてしまったブレット。自分で何を言っているのかよく解らない。
ロゼが顔を隠すように不自然に真横を向いて、肩を小刻みに震わせている。
……笑ってる……。
アーシュラ様は花のような笑顔を浮かべ、真っ赤になっているブレットに宝鈴を鳴らすような声をおかけになった。
「ようこそファム・ブレィドゥーへ。貴方がブレット様ですね。今度、そのお料理をご馳走してくださいまし」
ブレットに椅子を勧める。
「色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。先程まで、オイスター艦長と打ち合わせをしていたところです」
アーシュラ様は一部勘違いをしていた。
ネコ耳が椅子を引いてくれた。良く仕込まれている。
椅子を引いてくれたネコ耳は、ダッシュで王女の元へ駆けていき膝に飛び乗った。王女に喉をくすぐられ、満足そうにグルグル喉を鳴らしている。
「アーシュラ様が、ネコ達の飼い主か?」
「しーっ! 迂闊に『飼い主』って言っちゃダメ。私たちとネコ耳達は同列なの。飼い主と言えるのは我らが始祖『光のアーシェイク様』ただ一人」
ロゼがブレットを叱る。どうやら、彼女らの宗教的な事象に触れてしまったらしい。
「控えなさいロゼ。ブレット様は構いませんことよ」
そっとロゼを諭すアーシュラ様。習慣の違う相手同士、ある程度は目をつむり合わねば異文化同士で仲良くやっては行けない、とうことか。
「ブレット。お前が気を失って……約一時間が経とうとしている」
オイスター船長は、懐中時計をブレットに見せた。
「その間に進めていた話と作業をお前に伝えよう」
オイスター船長は、わざわざ立ち上がってから語り始めた。
「実は、助けてやって欲しいのだ……」
老人の話は長くなりがちなので、かいつまんで説明しよう。
明らかにブレットやオイスター達人類と、ロゼ達は人種が違う事。
そして二つの文明は、今回がファーストコンタクトである、という事。
アーシュラ様の父が治めるハスクバナード王朝は、ロゼのようなアトラース人と呼ばれるヒューマノイドと、ネコ耳達の様なデミヒューマノイド、それと極端に個体数を減らしてしまった最後の部族による三つの混成種族社会である事。
ファム・ブレィドゥー号の正式名称は「ハスクバナード王国軍所属超バルス級破壊型第一種宇宙戦闘艦ファム・ブレイドゥ」である事。
この船は王立軍直轄で、人型を模した超光速宇宙船である事。
この船はアーシュラ様がパトロンである事。
この船は、ロゼを総監督とした各種実験用ラボの入った、いわば移動する実験研究宇宙艦である事。
そして、一番肝心なのは……。
「ファム号は、新超々光速航行のテストに失敗して、漂流している最中なのよーっ!」
ロゼの一言で、ブレットは衝撃を受けた。脳天にささった避雷針に、雷が落ちたような衝撃だった。
一縷の望みが絶たれたのだ。助かった、と一安心してから聞かされたものだから、よりショックは大きい。
ファム号は、新式超々長距離他空間航行のテストを行っていたのだが、これが失敗。
「自動操縦による実験だと、安全マージンを残して成功したのよ! だのに、何故か、今回の本番他空間航行で、通常空間へ戻れなくなってしまって今日に至ったのよーっ!」
そのくだりで、ロゼは泣き顔になった。
「まあ、気持ちはわかるよ」
ブレットが、ロゼの肩をどさくさで優しく抱いた。
「私の気持ちを解るって? 嘘よ! 解りっこないわ!」
ロゼがブレットの腕を乱暴にほどく。
でも、ブレットの優しい笑顔は変わらない。
「解るさ。だってそうだろう。事実上の責任者であるロゼさんの指揮の船で、パトロンとはいえ王女を乗せたまま遭難してしまったんだろう? 政治システムで王政を採用している世界の住人である以上、ロゼさんにとってアーシュラ王女の安全確保が至上行動だろう?」
じっとブレットの目を見つめるロゼ。
「本国に帰れば斬首刑ものだもんな」
「うわーん!」
とうとう声を上げて泣き出したロゼである。
他空間で遭難してかなり日数が経っていた。明日で丁度五十日になるそうだ。彼女らは長時間この他空間に存在し過ぎた。よって、通常空間との因果律が消滅してしまったようなのだ、と。
その成す意味は、『原因』として他空間に存在し続けてしまった以上、『結果』として通常空間と『縁』が消滅してしまったのだ。
通常空間に戻りたくても、通常空間にファム号の存在する『因果』が無くなってしまった以上、戻る事が出来なくなってしまったのだ。
説明を聞く限り、ブレットには助かる方法が解らなかった。
「それで、僕たちはどうすればいいの? どうやったら助かるの?」
「あなた方をファム号に乗せてDSS・アウトさせてください。あなた方が保持している因果律で通常空間に戻れるはずです」
泣いているロゼを脇に置いて、アーシュラ様が割って入った。
危機的状況なのだが、普通に茶飲み談話をしてるような雰囲気だった。
「他空間航法にそんなオカルトな要因があったのですか?」
汗を一筋、額に滲ませブレットは聞き返した。この外宇宙航海時代に、そんな文化系的な要因を割り込ませて良いものだろうか?
「あなた方より私たちの方が他空間航法の歴史が古く、経験の蓄積が多いようです。あなた達も助かりたいと思うなら、私たちの提案に従っていただけませぬか?」
アーシュラ様が、静かな、そして有無を言わさぬ依頼式命令法で最後を締めくくった。
この人は普通に話していても、オーラで説得力が補正されてしまう。
ロイヤル宙運側の人間達は、当然のように要求を受け入れた。
ここまで聞いてブレットは、泣きやんだロゼに、基礎的で単純な疑問をぶつけてみた。
「失敗するかもしれないテストの時は、今のような荷物や実験施設は積んでなかったんだろう?」
「当たり前じゃない! 失敗したら全ての施設を全部捨てることになるのよ。空のままフルオートでテストしたわ」
当然だ。
「何故か本番で、急にファムの基幹コンピューターからの応答が無くなってしまったのよ……」
問題は、ロゼ達がファム号暴走の理由を突き止めていない事だった。
「輸送業をやってると、よくある話なんです……」
続きを話しにくいのか、ブレットは一呼吸置いた。置いてから一気に話を続けた。
「各ラボの荷物、つまり持ち込まれた機材の質量を誤魔化されてなかった? 現物の質量確認やった?」
「あ」
カラッ・カラカラカラ・カラッ……。
さっきまで確かいなかったはず……。ハムスターのテレーネが回転車を回しだした。
テレーネも接触事故で怪我をしたのだろう。首にギブスをはめている。よく見ると口の端に血を滲ませ、苦しそうに走っている。
「てか、そこまで無理して仕事しなくていいから」
「いや、でも、ほら、理論上連続二十四時間航行出来るはずだから、途中で修正して……、そんな些細な事はさておき、問題はファムがフリーズしたって事よ!」
「些細な事で済ますのか?」
「どうしても私を悪者にしたいのね!」
涙目で振り返るロゼ。いや、泣かれても時間は戻らないし。
……暴走の犯人はロゼだし。
「ブレットさん。あまりロゼに強く当たらないでください」
「ハイ!」
アーシュラ様の一言に、脊髄反射で笑顔を作るブレット。
このお方はそういう性格なのか、あるいは訳有りなのか、御自分の生命に関わるミスを犯したロゼを無条件に庇っている。
「通常空間に戻れるのなら、僕たちも願ったり叶ったりですが……」
ブレットは、ロイヤル薬師丸に積み込まれている貨物の行方を心配しているのだ。輸送業者としての責任を考えると、捨ててしまうわけにはいかない。
その時、ネコ耳数匹が謁見の間に走り込んできた。
「ほうこく! ちきゅうせんのかもつを、すべてファムごうにしゅうのうかんりょうしましたにゃっ!」
ピシッ! と手首だけで敬礼、報告するネコ耳の顔に、横一文字の油汚れが入っていた。
「あれだけの荷物を積み替えるには半日はかかるはずだが、どうやって?」
貨物を勝手に移動されたことよりも、一時間弱で積み替えた手際に感心したようだ。
「たくさんのネコが、どういんされたにゃ」
「人手を……いや、この場合ネコ手か……ネコ手をかけて時間短縮できるわけないでしょうに」
もっともな質問だとばかりに、ネコが答えた。
「ファムのなかには、べんりなきかいがあるにょだ」
グッとツルペタの胸を張り、威張るネコ耳。
「こんなチッコイのにまで、威張られてしまった!」
肩を落とすブレット。なんか複雑だ。
「よし! 準備も完了したことだし、DSS・アウト準備にかかろうではないか。諸君!」
グワバッと拳を握りしめ、この場をシメるオイスター。……いや、あなた、この船の船長じゃないんだし……。
とにかくそんな成り行きで、全員ファム・ブレィドゥー号の正ブリッジに移動する事となった。
なかなか話が進まない。
某戦艦で言えば進君が雪ちゃんにばったり出会ったあたり。
たぶん、明日、9話うpできそう。