7.宇宙の王宮でしょうか?
広くて長い廊下に出る。天井の高い廊下の両側には、間隔を置いて扉が設置されている。
複数匹のネコ耳達が、回りをチョロチョロしていた。……廊下で気持ちよく寝ているネコ耳もいる。
「このネコ達はおいといて、……何なんですか、この一角は?」
まるで工場か大学の研究施設の並びだ。小さなドアが、巨大な両開きのドアの中に設置されている。明らかに大きな機材を出入りさせる為の作り。
「ちょっと中を覗いてみようか」
気軽にロゼが請け負い、一番近くのドアを開けた。
中は実験室?
広い通路の左側に、様々な大型機材が並んでいた。
「この区画はバイオ関係の研究室よ。隔離された安全な状態で、思いっきりヤバイ微生物を培養研究しているの」
たまらなく危険な事をスラっと言われた。
「イザとなったら、この区画を切り捨てればいいから。宇宙ってこんな時便利よね」
頭に手を置くブレット。頭を抱えて、しゃがみ込みたくなったようだ。
「隣とは独立した防護壁で隔てられているから、区画内で何があっても心配ないわ。ちなみに隣は亜空間理論とエネルギー関係の研究実験室ね」
「亜空間とエネルギーですか?」
航宙士である以上、このお題目には興味を引かれる。
「ちょっとした恒星系が吹き飛ぶくらいの実験研究は、さすがに惑星上では出来ないから」
「……頭抱えていいですか?」
ブレットの希望をまるで聞いていないかのように、サラサラっと無視してロゼは話を続けた。
「他にも、地上では研究するには『チョット……ねぇ』と唇を歪められそうなのが色々と並んでいるの。時間があるときにゆっくり説明してあげるね」
「あ、お気遣いなさらず。ホント時間のあるときでいいですから」
よくある常套句を心の底から本来の意味を噛みしめて使ったのは、ブレットにとって生まれて初めての事だった。
すぐ次の角を曲がり、エレベーターホールに出た。ブレット達は、その中の一機に乗り込んだ。
ロゼと名乗る子は、二列に並んでいる階表示の一つを触る。エレベーターは静かに上昇を始めた。
「……アレ?」
疑問がブレットの脳裏を電撃的に掠める。
頭の中で別の人格=副人格が問いかけてきた。
『確か、この人型宇宙船……ロゼとか言うレディの話では全長千フィート弱。メートル法に換算して、約三百メートルではないのかね?』
主人格が問いただす。
『だから、なに?』
『よく考えてみたまえ! ここに来るまでに、すれ違ったネコ耳達も十数匹は下らない。ネコ耳達の生活空間も、馬鹿にならないスペースが必要なはずである。そうであろ?』
『確かに! この宇宙船は女性型で、細腰で、スタイルだって悪くなかった。こんな長い廊下や、広大な実験室や、エレベーターなんか設置するほど内部は広くとれないはず!』
ブレットの主人格が、矛盾点に気づいた。
『小型艦なのに、この内部は大型の客船並じゃないか。これをおかしいと言わずして何をおかしいと言うのかね?』
各人格間によるバーチャル会議の結論が、現実の発音を伴った言葉として発表された。
「あの、あなた方の、……宇宙船って一隻だけですか?」
遠回しな言い方だ。ひょっとしてもう一隻、大型の客船と行動を共にしているんじゃないですか? と、言う意味だ。
「ううんん。ここは、あなたが見た人型の船、ファム・ブレィドゥー号の中だよ」
かぶりを振って答えるロゼ。
「はぁ」
今年一番の間抜け顔をしたブレット。意味が的確に理解できていない。
「ああ、そっか。あなた方地球人類の科学力では、開発されてない技術なんだぁ」
見下したように、いや、完全に見下してふんぞり返るロゼ。
ブレットの鼻面で、ぐっと胸を反らせる。ブレットの眼前に、柔らかそうな膨らみが二つ揺れている。
年頃の男の子に胸の膨らみを誇張しない方がいいと思うのだが、自慢したいココロが勝っているようだ。
ブレットも、謎を解く要求が勝っていて気になっていないフリをしているようだが……。
ロゼは人差し指をピンと立て、フリフリと振り回しながら講釈を立てる。
「『実験研究ラボ艦・ファム号』の身長は……あなた方の単位で……」
ロゼは小さな端末を覗き込んでいる。
「あなた方の単位で、九百八十フィート。何も細工しなかったら関節や機関部だけで、操舵室一つ作るのがやっと」
一息ついて、ブレットの様子をチラリと見る。
ブレットは興味津々といった面もちで、ロゼを見つめている。
その反応に満足するロゼ。鼻の穴が五ミリほど大きくなっている。
「他民族には機密事項なので、あんまり詳しいことは言えないけれど……、ファム号の中は空間拡張処理されているの。下手な宮殿より広いわよ!」
眉をつり上げ紅潮し、細い腰に手を当てて、説明するというより自慢するロゼ。
「この船の内部は、空間が湾曲しているのか?」
驚いて声を張り上げるブレット。見たことのない技術に興奮している。まるで新しい技術や新発見のニュースファイルを見て興奮している少年だ。
「空間湾曲の一種だけど、違うのよね。あくまでも空間拡張! ファム号の細くて狭いボディ内部に、高出力の動力炉と機関システム、航行関係の各管制施設、三桁の数を誇る各種実験ラボ、保険療養設備やプールに体育館、その体育館より容積の大きいカーゴルーム! 公民館や温泉、森林公園にコンビニ、その他諸々ごまんとあるわ! どおっ! 驚いたっ?」
「コンビニあるんだ!」
ブレットの反応に充分満足したロゼが、どんどん機密事項をバラしていく。ロゼにとって、今年一番の満足感を味わった瞬間である。
「やあ、すごいな。すごいけどエレベーターがとっくに止まっているから、降りてもかまわないかな?」
壁際で、小さくなって合いの手を入れていたブレット。ロゼの鬼気迫る解説に押され、控えめに提案する。何だか空気まで熱を帯びたようで怖かった。
「コホン! 目的地に着いたようね」
ロゼは、スイッチを切り替えたように平常心を取り戻す。先に立ってスタスタ歩き出した。名残の湯気が頭から漂っていたりする。
このフロアは、ブレットが寝ていたフロアと趣が異なっていた。
エレベーター前の廊下は、下の階よりネコ耳族のたむろ率が高い。ここだけで十五匹は寝ころんでいる。
だらしなく寝そべっているネコ耳達。ブレットたちが通ると、三角の耳だけが追尾して動く。
この辺りは、更にネコ耳族のたむろ率が高い。
大理石で造られた柱の、そこここにネコが群がっていて非常に邪魔だった。
彼女らを踏まないように歩いて行くと、巨大な扉が見えてきた。
ここは大事な部屋なのだろう。扉は豪奢な作りになっている。
扉の両脇でミリタリー貫頭衣のネコ耳二匹が、火器らしいのを肩に担いで歩哨に立っていた。サイズや作りがミニチュアなので、歩哨ゴッコをしている感が否めない。
そういえば、この階は作りが違う。他の階に比べ、天井がやたら高く、廊下幅がやけに広い。なまら豪華な造りになっている。ついでに絨毯の毛足が長くて歩きにくい。
ロゼがブレットの方に向き直った。表情が引き締まっている。
「中で失礼のない様に、気を付けてね」
室内に重要な人物がいるのだろうか。
「誰がいるんだ?」
ロゼが答える前に、見事な彫刻を施された分厚い扉が開いた。
深く考証を考えてはイケマセン!
次回、最後の主要人物が登場します。