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6.宇宙の美少女です

 病室に入ってきたのは美少女。


 アーモンド型をした吊り気味の目。首筋までの髪は、やや赤みのかかった金髪をしている。ちょっと、そこいら辺では見かけられない位の美少女である。


 服装が変わっていた。


 薄いピンクベージュ色をしたツナギを着ている。ウレタンっぽい素材のツナギは、関節に皺を作りながらも、体のラインをトレースしている。色が色なので、一瞬、裸かと思ってドキッとした。

 その上に、作業着なのだろうか、オフホワイトのブルゾンを羽織っている。


「九死に一生を得たと思っていたら、……君のような美人に会えるなんて、僕は幸せ者です」

 少女は、ブレットに握られた手を全身の力を込めて振りほどいていた。


「すみません。頭を打ったせいで精神が錯乱してまして……」

 少女に睨まれたブレット。彼は、カッコつけようとして前髪を掻き上げ、一息ついてから早口で――。


「どうして僕の名を? 君はだれ? ここはどこです? 通常空間に戻れたんですか? このネコ風に味付けされた生物達は? 船長達はどこに?」

 人間を見て緊張感が緩んだブレット。四つん這いていざりながら、情けない声で少女にすがりつく。


「残念ながら……、他空間の中です。まだ出られないでいるわ」

 ブレットの本質を見極められないでいるのか、少女は目を泳がせていた。


 細面の作りをしたブレットは、美少年の部類に入る。なで肩で、さほど背も高い方ではなく、黒髪は艶やかで細く長い。遠目に少女と間違われることも多々あった。

 黙っていればモテるタイプ。美意識の一致。

 そんなブレットの外見と行動が、彼女の中で一致しないのだ。


 本人が自分の外見を認識していないせいもあるが。


 そんな彼女の戸惑いを知ってか知らずか、ブレットは彼女の答えにガックリと肩を落としていた。彼女の言葉尻から、この船も漂流中である事を察知したのだ。


「自己紹介するね。あたしの名はロゼ。ロゼ・ガードナー。この船の副艦長を勤めています。この船はファム・ブレィドゥー号。私たちハスクバナードの船よ」


 ”ハスクバナード”聞いたこともない国の名前だった。

 何故か、その国の船を偉そうに説明するロゼ。

 説明すると言うより、自慢している口調だ。段々ふんぞり返っていく。


「なるほど、あのネコが成長すると君みたいになるのか」

「ネコな訳ないでしょう!」

「じゃあ、猿から」

 ネコでない以上、至極当然の理論なのだが、何故か殺意のこもったロゼの足の裏が、目の前に――。


 そして、ブレットは再びブラックアウトした。

 お花畑の向こうで、死んだはずの父さんが手をメガホンにして何かを叫んでいる。


「はっ!」

 再び目が覚めた。ロゼにガックンガックン揺すぶられて目が覚めた。


 ブレットが意識を取り戻したのを確認して――。

「あたしたちは異種族混成国家なの!」

 何事も無かったかのように、さっきの続きを話している。


「ここは、一言で言えば……。そうね、あなた方から見て異星人の宇宙船の中よ。あなたが見た巨大な女性を模した船は、この宇宙船なのよね」

 言われ、周囲を見渡すブレット。

 この部屋の治療機器も見慣れないデザインの物ばかりだ。


 ロゼが、ベッドサイドのコンソールを操作した。電子音と共に、何も無い空間にデスプレイが出現した。

 見たことのないマークが、ほんのちょっとだけ浮かび上がった後、すぐに目的の映像が表れた。


 ワンピースの水着かレオタードを着た女の子?


 初めに、ブレットはそう思考した。思考半ばで、ロイヤル薬師丸にぶつかってきた人型宇宙船と記憶が重なった。


「これがファム・ブレィドゥー号よ!」

 宇宙船にしておくにはもったいない。硬質な輝きを持つ深い碧色の目をした、なかなかの美少女だ。


 ご丁寧に髪まで生えている。赤みがかった金髪で、首筋までのショートヘアー。額に付けたティアラの中央に赤い大きな宝石がキラキラ光る。


 視線を落として腕を見る。提灯袖から出た腕は、空のような蒼色をしている。両手首外側に、象牙色をした卵形のオーブが鈍く光を反射していた。

 すらりと伸びた足も蒼色。ヒールブーツを履いている。


 ボディには、桜色のレオタードを着たようなラインが描かれて、くびれた腰を強調していた。ふくよかな胸元には、ダイヤのごとき透明な宝玉が埋め込まれている。

 その他各部、金や銀色の細かい彫刻が施されていて、よく見ると結構芸術的でもある。


 ロゼの操作でファム・ブレィドゥー号が一回転する。

 背中、左右肩胛骨当たりに、縦長の小さい盛り上がりが一対ある以外は、普通の人体ラインと変わりない。

 スケールこそ違うものの、宇宙船ファム・ブレィドゥー号は人間そのものであった。


「着せ替え人形じゃないよね?」

 ブレットの見た目だけの素直な感想だ。

 靴の裏が見えたと思う間もなく、ブレットは、三度めの意識喪失をしていた。


 次に気が付いたとき、またもやロゼにガクガク揺すられていた。

「あの川を渡らなくちゃ……」

「それ渡っちゃダメーッ!」

「綺麗な女の人が、……おいでおいでしてるんだ」

 バシン! バシン! と数回、どこか遠くで音がする。とたんに、頬に痛みを感じて正気に戻った。


「なんか、頬が熱っぽいんですけどぉー」

 両手を頬に押し当て、虚ろな目をするブレット。

「どこまでお話ししたっけ? ……ああ、そう、あたしたちハスクバナード王立宇宙軍所属、最新鋭実験艦ファム・ブレィドゥー号の外観説明をしている途中だったわね」

 ブレットの疑問を無視し、いや、あたかも小石に蹴躓いただけのようにサラリと流し、話を続けるロゼ。


「あたしたち? ……平仮名しか喋れないネコ耳達と、この船を造ったと?」

 ブレットは人から聞いたり文字文献で得た知識より、自分で見聞きした現象の方を信じるタイプだ。だから今の現状も「そういうコト!」と認識している。

 もしそうなら、見た目とは裏腹にずいぶんと知的なネコ達ということになる。


「話し方が変なのは、同時通訳機構がまだ完璧じゃないだけなんだけど……。まぁ、百聞は一見にしかずって言うわよね。歩けるようなら一緒に来なさい」

 ピンク色の唇から、かわいい笑い声が飛び出した。あまり大口を開けずに笑う娘だ。


 ロゼは後ろも見ずにスタスタ歩き出している。ブレットが付いてくることを当然のように思っているのだろう。


 同年代の女の子に笑われる。さらに、いいようにあしらわれる。このままロゼにくっついていくのも癪にさわって悔しいかも。でもロゼの笑顔が可愛かった。


 ブレットの心は非常に複雑な葛藤を描いている。とって食われる訳ではなさそうなので、取りあえず付いていった。


 ……取って食われても、それはそれでいいかもしれない。

やっとでた・マン。

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