5.宇宙で、ネコに起こされました
ブレットは、混濁した意識の中にいた。
父が死んだ。
一年前の、宇宙船での事故だった。
偉い人が言っていた。人は、死ぬと天国か地獄へ行くと。
天国は遙か天空の彼方、神様の住まいし場所に近い国らしい。
でも、僕たちは天空よりずっと遠い所で仕事をしている。天国に錨を降ろした事はない。
地獄はどうだろう。地面のずっと下らしいが、惑星破壊ミサイルを打ち込まれた場合、地獄も吹き飛んでしまうのだろうか?
そもそも、地球とは別の惑星で死んでしまったら、天国や地獄へ行けるのだろうか?
あの世ってどこだ?
別の世界って事で他空間があるけど、あの世ではないようだし……。
第一、魂なんて存在するのだろうか? 目が無ければ物が見えない。脳が無くなれば考えることが出来ない。
コンピューターだって入出力デバイスが無いと、ただの箱である。
デバイスである体が無くなった魂は、見たり聞いたり考えたりなんかできないんじゃないだろうか?
ならば、本当は魂なんか存在しないんじゃないのか……。
死んだ父は、株式会社ロイヤル宙運の社長で、只一人の船長職だった。
株式会社といっても、小さいコンテナ船が一隻あるだけの小さな会社。大手運輸会社の隙間を縫った商売で日銭を稼いでいた。
儲けの少ない貨物とか、祝祭日出航なんかを請け負って、そこそこ固定客も付いていた。
父が死んだ後、学生だった僕が跡を引き継ごうとした。
でも、航宙士の資格はとっていたけれど、船長の資格は持っていない。船長になるにはある程度の乗船実務が必要だ。僕には、乗船時間が足らないんだ。
船長がいないと、船は出航出来ない。
契約された貨物を、いまさら他社に振り変えることは出来ない。葬式もあげられず、母と共に困り果てていた時だった。父の旧友だというハンス・オイスターさんが現れた。
オイスターさんは船長の資格を持っていた。
そして、僕に資格が出来るまで、期間限定で船長職を引き受けると申し出てくれた。
今、オイスターさんが、悲しそうな目をして僕の頬を両手で包んでいる。
暖かい手だ。
続いて頬ずりしてきた。いや、男同士なんですから、なにもそこまでしなくても。
白い髭の、暖かく柔らかい感触が伝わる。
髭の真ん中に禿があって、冷たいけれど何とも言えない柔らかい感触が……って?
「ニャー」
ニャー?
オイスターさんの手に肉球が!
眩しい光が……。僕は……いったい……?
ブレットは目を開けた。
意識がハッキリした。
白くて明るい部屋に寝ていた。少なくとも、コンテナ船にある部屋ではない。
注意深く回りを見渡そうとして……。
彼を覗き込んでいる生命体と、目が合った。
頭頂部に、三角形の耳が飛び出ている生命体だった。
「ネコ?」
猫というか……。二本足で立ってはいるが……。
生まれて二、三ヶ月位の赤ちゃんが、立って歩いている姿を想像してください。
その赤ちゃんは女の子で、白い肌には、金色をした産毛が目立ちます。
くすんだ金髪は、気持ちのいいストレートで、お尻の辺りまで長く伸びていました。
サファイア色をした大きくキラキラ輝く悪戯っぽい目。
綿製だろうか? ざっくりとしたオフホワイトの貫頭衣がよく似合う。つーかお人形のような……。
もっふもふー、の、けっもけもー。
そんなネコ耳生物が、右手の肉球をブレットの額に当てて熱を計っていたのだ。
枕元に上がり込んで。
「もー、だいしょうぶッ」
あ、しゃべる。
「こ、これは何としたことか!?」
今更ながら狼狽えたブレット。回りをよく見れば、全く同じ形状のネコ耳・有シッポ生物が数匹、保健室の中をウロチョロしていた。
「ぼ、僕は、この未知の生物に看病されてしまったのかっ?」
思わず口をついて出た。第三者から見ると、実に失礼な言い方だ。
……ネコ耳が、真面目に看病していたかどうかは、定かではないが。
「にゃっはっはっ! しんさつちりょうしたのは、きかいにゃっ」
「うむ! どうやら、すべてカタカナ交じりの平仮名でしか喋れないところが、こいつらの限界だな」
ブレットの性癖・生まれついての癖なのだろうか? パニクる場面に出くわすと、へそ曲がりな思考形態を取るのだった。
一種の精神保護作用である。
「失礼ですが、ナニモノ様ですか?」
打撲傷により気を失っていた自分の看病……らしき事、をしてくれていた様なので、取りあえず丁寧語になってしまったブレットの優柔さは否めない。
「ネコ」
「いや、ネコから進化した生物らしいのは、見た目で解るんですけど……」
一人と一匹が、お互いの息がかかるくらいの距離で向き合っている。
端から見るとマヌケな構図なのであった。
「気がついたようね? ブレットさん」
鈴を転がすように綺麗な声と共に、女の人が保健室に入ってきた。健康的な肌の色をした、ブレットと同い年くらいの女の子だ。
息をのむブレットである。
ネコ耳は正義!
尻尾はスタンダード!




