4.宇宙で遭難してしまいました
DSS・ドライブを敢行するにあたり、宇宙をねじ曲げる様な巨大エネルギーはいらない。
ポイントを探し出し、突入角度を計算するホロスコープと、光速の何割かに達する加速力を持つエンジンが搭載されていればよい。
通常空間から別の空間・世界にムリヤリこじ入る。他空間内で方程式通りの距離を進み、再び通常空間にこじ戻るのである。
それだけで数百光年進むことが出来る。
……ただ、ほんの少しの確率で通常空間に戻れなくなる船もあるという。
両空間の間で何らかの因果律に違いが発生したとか、或いは他空間世界内で事故が発生したとか……。
ロイヤル薬師丸は後者のパターンに相当した。
「エンジン停止。ウンともスンとも言いませんなぁ」
被害報告をするポロネーズ機関長。
「乗組員に死傷者が出なかったことが不幸中の幸い、といったところか」
オイスター船長も腕を組んで一息ついた。
ロイヤル薬師丸に突っ込んだミサイルに、爆発物は入っていない。宇宙海賊共は、荷物を無傷で接収するのが目的。わざわざ商品をゴミにしたりはしない。
いいところ船体を傷つけるだけ。
だが、今回は打ち所が悪かった。やわい造りの推進ノズルに命中してしまったのだ。
不幸中の幸いだったのは、ノズル部分のみに甚大な被害を及ぼしただけで、人身・貨物・その他船体に全く被害がなかったこと。
ロイヤル薬師丸は、発光する絵の具を流したような、遠近感の乏しい光景が広がる他空間を惰性で進んでいるだけだった。
「不幸中の幸いって……いや、ピーラー・ウイルスに罹患するより最悪の状態だし……」
ずいぶん前に猛威を振るった恐怖の宇宙病原菌、ピーラー・ウイルスが可愛く思える。
移動手段を失ってしまえば、他空間世界よりの脱出は理屈上不可能。わずかばかりでも治る可能性が存在する、ピーラー・ウイルスによる皮裂け病の方が、いくらかマシなのだ。
「うろたえるな! 魔のサルガッソ海域であっても脱出方法はあったのだ!」
ハンス・オイスター元少将(自称)は、冷静さを失った若者を怒鳴りつける。
サルガッソ海域は地球上の海域なんだが、と突っ込みを入れたいのを我慢していたら、変な汗が額を一筋伝い落ちた。
「脱出できる良い方法があるのですか?」
若者は希望に目を……目を疑わしそうな光で輝かせながら、船長席を振り返る。
「ノズルの修理をすれば脱出は可能だ。ダメージコントロール! 工作員、修理にに取りかかれ!」
「工作員なんて存在しませんって! 第一、他空間内での船外活動は不可能です! たとえワイヤー付きでも、船から一歩外へ出ると、この世との因果律が失効して、その人だけ通常空間へ帰れなくなってしまいます。そんなこと常識でしょう?」
ブレットは、他空間での基本活動原則をかいつまんで説明した。……普通、釈迦に説法なのだが。
その時、ブレットの肩に暖かい手が触れた。
ポロネーズさんだ。
「ブレットや、安心しなさい。こんな時のために儂ら老人がおるのだよ」
ポロネーズ老が柔和な顔をして立っていた。
ブレットは一瞬でポロネーズ老の考えていることを理解した。
「ダメですよポロネーズさん。許されることではありません!」
「死んだ社長、いや、ブレットちゃんのお父さんに恩返し出来る時が来たのだ。行かせておくれ」
優しく笑顔で語りかけるポロネーズ老。何も言わず腕を組んでいるオイスター船長。
解っている。ブレットも解ってはいるのだ。
でも少年は、こういった場合どう言えば良いのかが解らない。言葉にする必要がない、という事が解らない。
「元気でな、テレーネ……」
ポロネーズ老は、『帰ることが困難な砂漠』という意味の名前を持つハムスターに声をかけてから、作業用ハッチへ、ヨボヨボと歩いて向かう。
思い出したように戻ってきた。
「?」
いぶかしがるブレットに、
「最後にテレーネに餌を……ちょっとな」
ヒマワリの種を数個、柵の中に入れる老人。
目を細め、じっと老人を見つめるブレット。
「じゃ、な……」
丸まった背中が作業ハッチに取り付く。
きっちり三秒。ハッチで固まってから戻ってくる。
「あ、あのうー」
「……行くのが嫌なら、格好付けずに嫌と言えばどうです?」
「頼む、とめておくれ……」
泣きそうな目でブレットを見るポロネーズ老。先程はその場の雰囲気で言ってみただけなのだろう。
人生の先輩として、真にみっともない醜態を晒してしまった。
「一瞬でも尊敬した時間を返せ!」
若者が身も蓋もなく冷たい態度で言い放ったその時。
「チーッ! チーッ! チーッ!」
テレーネが落ち着きのない声で泣く。落ち着きがないというよりも警戒の声だ。
船体がガタゴトと揺れだした。
「第一種警戒警報発令! ブレット! 目視監視せよ!」
他空間でレーダーは作用しない。
オイスター船長の大声に、窓へ駆け寄るブレット。右舷・窓の外を覗く。
そこには……白い色をした女の顔が有った……。
「報告します。……先ず、巨大な女性の顔とかが見えます」
「……それで?」
「かなり美人です」
人は、信じられない事が起こると、頭の一部だけが妙に冴え渡る時がある。
ブレットの精神は、確実にパニック状態だった。
「……それ以外、気づいたことは?」
ある意味、冷静な人物がもう一人いた。オイスター船長である。
「髪の毛は肩まであるストレートの金髪です。顔から下には体があります。全長は――この船より大きそうです。その美女が、肩口からこの船に突っ込んできます!」
「「何かに掴まれーっ!」」
船長と機関長の声が見事にハモる。
それぞれ、目の前のパネル機器にしがみつく薬師丸のクルー。
……ただ、この世ならぬ出来事に茫然自失となっていたブレットは、ワンアクション遅れてしまった。
巨人の手によってシェイクされた。そんな衝撃が伝わってきた。
近くの突起をつかみ損ねたブレット。もんどり打って転ろがった。その拍子に、つかみ損ねた突起に頭を強打してしまった。
目の前が暗くなったのは気を失っていく課程か、はたまた船の電圧が落ちたせだけだろうか……。
この時代、人工重力が開発されているかいないかは、あなたの心のの中の人に判断を委ねます。




