35.宇宙船に手を貸しました
強風吹き荒れる中、ブレットがシルバから飛び降りる。続いてアーシュラ様も飛び降りて、ブレットの後ろに立つ。
地上は、ファム号の巻き起こす風によって荒れている。
ファム号の機関音は、まるで泣き声の様だった。
その声を聞いたブレットの内で何かが爆発した。
「どうしたファム・ブレィドゥー! お前はそれでも機械族の末裔か!」
ブレットの目が茶色から碧色に変わった。後ろにまとめてあった髪がほどけ散らばる。
「ファム・ブレィドゥー! 光の船の子よ。目を覚ませ!」
叫ぶブレットの髪が光った。
いや、全身から淡い光を放ちだしていた。
アーシュラ様が胸元で手を組み、ひざまづく。何処かで見たタペストリーのように。
「二千余年を経て、やっと、やっとお会いできました。光のアーシェイク様」
光を放つブレットを前に、アーシュラ様が涙を流していた。
「サポートさせていただきます」
アーシュラ様が、光るブレットに手を添えた。
突然、地上から眩しい光がファム・ブレィドゥーを貫いた。
光の発生源は、金色に光るブレット。光はアーシュラ様を介在して、ファム号に向かって伸びていた。
『私を呼んだか?』
機械族の末裔が目を覚ました。愛しい者達の声を聞いたからだ。
すぐ側に、懐かしいアーシェイクがいた。後ろで跪き、控えているのはアトラースの長だ。
『……私は、光の船の転生体?』
ファム・ブレィドゥーは、真の自分を認識した。惑星を越える程の巨大な体と力を持っていた昔を思い出した。
力が、汲めども汲めども、尽きず湧きあがってくる。
『私の心が、こんなところに眠っていたのか』
光の船、ファム・ブレィドゥー覚醒。
ファムは邪気が迫るのを認知し、上空を見上げた。戦艦と称する、紙飛行機より儚い存在を十体認知した。
ファムは、バランスを取るためにちょっとだけ力を込めた。
「どうしたんだニャ? 突然エネルギー回復ニャ! 両炉心圧、一気に百%を越えたニャ! 更に上昇するニャ! 危ないニャ!」
炉心圧力計が指し示す情報を見、焦って叫ぶニア。
計器類示す、急激な数値変化と共に、艦橋が微細に揺れ出した。今までとは違って力強い振動だ。船体の中心部より湧き上がる唸りと共に、ファム・ブレィドゥー号は復活した。
アゲハチョウの羽は、倍以上に広がり、金色の光を放つ。
「むう?」
艦長席に座りなおしたオイスター艦長が、モニターに表示された。右肩上がりに表示されていく数値を無言で睨み付ける。
ロゼは驚いていた。
まったく操作していないのにかかわらず、復活したエネルギーが各所に流れていくのだ。ロゼやネコ耳達にとって、エネルギー回復の理由は不明だった。
ファムにとってみれば、ほんのちょっと力んだだけだったのだが……。
「主砲への回路、勝手に開きましたニャっ。エネルギーどんどん充填していきまにゅにゃ!」
空気を喉から吐き出すような音を立て、ファム・ブレィドゥーの両腕が上がっていく。
揺れる胸、なびく髪。
腕の内側からガイドレーザーが放たれ、掌に光の輪が幾重にも連なる。
「エネルギー二百%を越えましたニャ。計測不能ニャ! 早く撃たないと炉心が爆発ルるニャ!」
ニアに言われるまでもなく、一番近い戦艦郡に狙いを定めるガンナーのミア。
ブレットの姿をしたアーシェイクが、同じ戦艦郡を指さしていた。
オイスター艦長が席から立ち上がる。
「主砲! 撃ち方始めーっ!」
「主砲! 撃てぇーっ!」
オイスター艦長の声とブレットの声が同時に響いた。
音などという低次元なものは発生しない。
光が垂直の衝撃波となり、前面に在るあらゆる物質を光の粒子に変え霧散、文字通り蹴散らしていく。
光と呼ぶには真に暴力的な黄金の柱が、天蓋をうち破りそそり立った。
たかだか五隻の戦艦一セットなど、黄金の柱に触れるまでもなく、己の無力さを恥じ入るように次元の地平へ消え去った。
ファムは、軽く主砲を連射した。撃つ度に柱の直径が太くなるようだ。
「なんだ!? アレは!」
駆逐艦ランツァの艦橋で、ヴォルフ大佐が椅子から腰を浮かした。
艦橋に詰めている乗組員全てが、惑星から立ち上がる四本の黄金柱を見た。
「バルキリーズ・ジャベリン」 後にそう名付けられるはずの真主砲である。
デスプレイに浮かび上がったエネルギー量は、フザケきった数値を示している。
「……地道に、作戦とか計略とか練っていた自分が、なんか馬鹿みたいに思えてきた……」
「艦長! 我が軍の主力が間もなくDSSアウトします!」
ヴォルフ大佐は今度こそ本当に後退した。
髪を風になびかせ、ファム・ブレィドゥーが、うつむき加減に大地を見つめている。
見つめる先で、シルバがそこいら辺の青草を美味しそうに食んでいた。
その隣で風に吹かれる、金色の二人。
「……そうか、ファム号暴走事件の共犯者はファム・ブレィドゥーだったんだな」
アーシェイクと化したブレットが、アーシュラこと、アトラースの長・ブリタニクの転生体の手を取った。引っ張って立ち上がらせる。
悪戯を見つけられた子供のように、はにかんだ笑みを浮かべるブリタニク。
アーシェイクが、日の光に輝くクリスタルグラスを見るように目を細める。
「久しいな、ブリタニク。ずいぶん綺麗な女に転生したものだ」
「アーシェイク様が男に転生したものですから、丁度良いのかもしれませんね」
ブリタニクが、アーシェイクの胸に顔を埋めた。アーシェイクは、ブリタニクの体をきつく抱きしめた。二人の、二千年目にして初めての抱擁だった。
「やっと人間になれた。やっとブリタニクと抱き合うことができた」
アーシェイクの目に涙が浮かぶ。
「私も……七つの時に、記憶が戻ってからずっと、アーシェイク様が女性のままだったらどうしようかと思いながら、この時を待ちわびておりました」
ブリタニクは何度も腕を組み替え、アーシェイクと抱き合った。アーシェイクの存在を体で確かめるように何度も何度も……。
「だが、私は昔のままのアーシェイクではない。ブレット・デューティーとしての十七年がある」
ファム号から、こちらに近づきつつある人影を見やり、ポツリと呟くアーシェイク。
「私めも二十年間、アーシュラとして生きて参りました。……私にも、今生の者としての人生を送ってきました」
ロゼを視界に捕らえたブリタニクは、何故か罪の意識を覚え、アーシェイクから離れた。
「所詮、我らは転生体とはいえ残留意志でしかない。今を生きる者の影にすぎぬ」
アーシェイクもブリタニクを追わない。
オイスター艦長やロゼ、そして数百匹のネコ耳達がやってくる。
ロゼは、走りながら涙を流していた。ゴールに立っている二人を見て、泣いていた。
彼女も光の恩人復活を知った。アトラースの血が教えてくれた。ブレットが、伝説のアーシェイクなのだと教えてくれていた。
悲しくて泣いているのではない。まして嬉しくて泣いているのでもない。
自分の中で、何かが欠けてしまったのを感じていた。何故、ブレットがアーシェイクでなければならないの? と。
真っ先に到着したのはネコ耳達だった。
本能のなせる技なのか。一瞬でアーシェイクを認識したネコ耳達は、狂喜乱舞する。
一体、何匹いるのか、二人の回りを絨毯のように埋め尽くしていくネコ耳。
過去の記憶が遺伝子に焼き付いているのだろう。優しい飼い主に甘える子ネコそのものであった。次々と首筋をアーシェイクの足に擦り付けていく。
アーシェイクも、にこやかにネコ耳達を見つめていた。
そして、ロゼがアーシェイクの前にやって来た。
「ブレットでは……なくなってしまったのね」
そよ風が、ロゼのスカートを悲しくなびかせる。
ゆっくりと頷くアーシェイク。
そして、そっと触れるように、ロゼの頬に手を当てた。
いつもロゼの隣にいた少年は、神と同位の存在と化していた。こうして触れているというのに、手が届かない遠くへ行ってしまった。
暖かい風が吹く。
ロゼとアーシェイクの髪を風が優しく撫でる。
アーシェイクは、自分でも酷い出来事だと思った。
「すまぬロゼ。どうやら私は、元のブレットとは違った存在になってしまったらしい」
「べ、別に、ブレットのことなんか、す、好きだった訳じゃありませんから!」
語るに落ちる傾向がロゼにあるのか……。特に聞いたわけではないのだが、自分から告白したようなものだ。
「すまない」
目を赤くし、涙を堪えるアーシェイク。
見た目は変わってしまったのに、線の細さは元のブレットと少しも変わらない。
別人であるアーシェイクの中に、ブレットを感じてしまったのが悲しかった。精神が高まり、体が爆発するくらい熱かった。
「君の好きだったブレットの意識は、私の記憶にしか存在しない」
「だだだ、だから! すすす、好きだった訳じゃ――」
言葉と同時にロゼの足が出た。無意識に。
「――ないって言ってるでしょ!」
メコリ。
充分に腰の回転が入った右ハイキックが、まともにアーシェイクのテンプルに入った。
アトラース人とネコ耳族にとって神とも言える、伝説にして、今も信仰の対象とされてきた神人アーシェイクの左こめかみから乾いた音が聞こえた。
不自然な格好で、肩口から砕け落ちるアーシェイクであった。
ツンデレ書きたい!
……こほん。
真主砲の正式名称は「対エーテル爆縮放射機」といいます。
詳しい事はお願いだから聞かないで。
本来、ファム・ブレイドゥーに代表される美少女型宇宙戦艦は、指揮艦として運用されるもの。また特殊形状を利用して強襲揚陸艦としても、対メルマック戦で、華々しい戦果をスコアしています。
武装において、火力は同排水量艦より貧弱さは否めません。戦力としては、艦載機に頼ったスタイルです。
AMBACの採用により定点での機動性は最高級クラス。複数のエネルギー炉心を持つ事で推進・機動の心配をする事無く砲撃が可能という利点があります。
……なんちゃって。
次回36話「宇宙的なドジふみやがりました」
残すところ、2話。




