34.宇宙の馬、走りました
その頃ブレットは、
「軍の攻撃が始まるぞ! みんな早く避難するんだ!」
声を枯らし、住民の避難誘導を行っていた。
歩きづらい病人に肩を貸したり、背負ったりしながら避難を誘導するものの、住民の避難率は半分にも満たない。
ヴォルフ大佐の攻撃が想定以上に早かったので、治療より先に住民のシェルターへの避難が率先されていたのだ。
「ファール・ブレイドゥーより入電。解析の結果、戦艦五隻一列ワンセットで五セット、それぞれ別方向からドライアンクルに突っ込んできますニャ」
「艦数を増やし、必勝を期してきたな! 戦艦郡の突入までどれくらいだ? エネルギー回復はまだか? 敵指揮艦の特定はまだか?」
オイスター艦長の命に、即返答するニア。
「敵艦、最終迎撃可能地点まで後五十分。炉心エネルギー、まだ回復しません。ファール・ブレイドゥーが指揮艦を特定しました。データー受信中。ニャっ!」
「長距離光波ミサイル弾準備。目標、敵指揮艦」
目玉を落とさんばかりに剥きだして、大声で命令するオイスター艦長。
「敵指揮艦捕捉。画像転送します。ニャっ」
ニアの操作で画像処理されたヴォルフ大佐乗艦の駆逐艦ランツァが映し出される。
六隻の戦艦が前方で壁を作り、残された同型の三番艦を影武者として並ばせ、遊弋していた。
「指揮官を殺すのは簡単だが、後でブレットに怒られるな……」
オイスター艦長は、すぐに発射命令を出さず少し考え込んだ。
「よし! 指示を与える!」
ブレットの視線の先に停止していたファム号が動いた。ファム号から光のミサイルが、複数撃ち出されたのだ。光のミサイルは、尾を引きつつ天空の彼方へ消えていった。
ランツァの艦橋の窓から、連続してフラッシュのような強い光が射し込んだ。
ランツァの前面に並んでいる、六隻のロボット戦艦全てが揺れた。右隣りに並んでいた同型駆逐艦も姿勢を崩している。
「光速の誘導弾です。捕捉は不可能でした。エネルギー反応を感知したときには、直撃を喰らっていました。直衛艦隊、姿勢制御出来ません」
ランツァの情報機器は、ファム号からの攻撃を探知して警告を発した。しかし、それを認識して声に出し伝える、その一動作が間に合わなかった。
ランツァの壁を構成していた戦艦と寮艦だけが正確に被弾したのだ。
指揮駆逐艦ランツァは無傷。
「いつでも打ち落とせる、という事か……。ここら辺が引き際だな」
サバサバとした表情で、撤退を命じた。
「全艦三ブロック後退! 但し、今回の突入はそのまま続行せよ。」
指示を下してから、ニヤリと笑う。
「悪役上等! ただでは引かん」
我ながら捨てセリフだな、と思いつつ、椅子に深く腰掛け直し頬杖をついた。
一方、ファム号ブリッジでは緊迫した状態が続いていた。
「ケティーム軍撤退を開始しましたニャ。突入艦は突っ込んで来ますニャ!」
例え今、指揮艦を落としたところで、自立型AIの搭載されたロボット戦艦だ。恐怖を知らない。与えられた指令は最後まで遂行するだろう。
「……やはりダメだったか。主砲発射準備!」
オイスター艦長は淡々とした口調で言った。
「炉心内圧上がりません。出力三十%のままです。ニャっ」
ニアの報告は絶望的だ。
五隻連なった装甲の固まりのような戦艦五セット。同時に五方向から地表に落下する。
「苦肉の策ですが、動力炉のエネルギーを砲雷へ回せば、もう一射できるはずです!」
ファムの構造に詳しいロゼが、オイスター艦長へ提案する。
「それでいこう!」
ネコ耳達の可愛い手が、コンソールの上を忙しく動いている。
「それでもエネルギーが足りません。一セット粉砕するのが限界。主砲第三波は、最低レベルの主砲エネルギーで、三十分ぎょニャっ!」
「艦長! やはり抵抗はここまでです! 早くブレット達の救出を!」
ロゼが艦長に詰め寄った。泣きそうな顔をしている。
「ブレットは……、あいつは引き上げて来んよ」
帽子を目深に被って、艦長席から立ち上がるオイスター艦長。
確かにブレットは、ドライアンクルの人々を見放して帰ってこないだろう。
言葉を飲み込んだロゼも、ブレットの性格を理解している。
「じゃあ……、じゃあ、我々は何をすれば良いのですか?」
「……地上の被害を五分の四に減らす努力をしようではないか」
主砲を撃つか撃たないかだけの問題となった。
再び、光の破壊球が天空に向かって発射された。
打ち落とせたのは、一セット五隻の戦艦のみ。
ファム号の主砲は実弾と同様、エネルギーの塊が飛んでいくもの。ビームやレーザーのように短時間でも連続照射はできない。振り回して広範囲にダメージを振りまく事ができない。
強力な割に効果範囲が狭いのだ。
延々と続く避難誘導の列から離れ、ブレットは、それを絶望的な感慨を持って見つめていた。
光の柱は最初の一撃に比べ、細身であった。
「だめだ。力が足りない」
そう呟いたブレットの背筋に、痺れが走った。意識が飛びそうになる。
ふらふらと、走り出すブレット。
やがて、しっかりした足取りでファム・ブレィドゥー号に向かい走り出した。
ダニエルがブレットの異常に気づいた。
「ブレット君! そっちは危ないぞ!」
ダニエルが腕を伸ばし、ブレットの袖を掴む。
「僕が、もっと、社長としてしっかりしていれば、皆を危険な目にあわせずにすんだのに!」
戦闘の内容には関係ないのだが、若さ故にか、自責の念に駆られるブレット。
ダニエルの腕を振りほどき、走りだした。
ここからだとファム号まで、ゆうに十キロはある。人の足では、いつ着くのか判ったもんじゃない。だが、近くに使える車両はない。全て避難のために使われている。
「ブレット君! 走ってたどり着くのは無茶だ!」
「ファムが助けてくれって叫んでいるんだ!」
ブレットの中で何かが頭をもたげていた。黒色だったはずのブレットの瞳が、薄い茶色になっていく。
一方、ファム号の艦橋では、オイスター艦長の恫喝声が響いていた。
「あらゆるエネルギーを砲雷炉心に回せ! 主砲エネルギーを回復させろ!」
オイスターの叱咤激励をよそに、ファム号の唸りが、トーンダウンしていく。
「圧力回復しません! どんどん下がっていきます! 動力もです!」
ロゼを先頭に、乗組員全てが必死に二つの炉心圧を回復させようと勤めていた。だが、努力に反比例して、結果は芳しくなかった。
動力を砲雷炉心に回したせいで、大気内安定翼がしぼんでしまった。
徐々に高度を下げるファム号。
「ダメニャ! 落ちるニャ! ニャッ! ニャッ!」
ブレットの目にも、ファム号の高度が下がっていくのが見えた。
背中の蝶の羽も色あせ、鱗粉が大気に舞って消えていく。心なしかファムの背中が丸い。
ペース配分など考えずに全速力で走っているブレットだが、小さな丘を越えたとき、いきなりペースが落ちた。
短距離走の走り方はすぐに肺を焼き、心臓の運動限界を招く。それでなくとも病み上がりだ。思うように足が動かなくなる。
悔しくて涙が出てきた。
「目の前で、助けを求めてる者がいるというのに」
ブレットの心の中の一部が、ペリペリと剥がれていった。心臓がドクンドクンと脈打つ度に、古い何かが押し出されていくようだった。
「ファム、お前もう立てないのか?」
膝が大地についた。息をするのも苦しい。
自分の鼓動がうるさいくらいに耳に入ってくる。
規則正しい鼓動に混じって、違うリズムの鼓動が小さく聞こえる。
「なんだ?」
何かと振り向いたが、追ってくるダニエルしか見えなかった。彼の足音ではない。
別種の足音が、――蹄で大地を蹴る音が、はっきりと聞こえてきた。
ダニエルが後ろの丘を振り向いて止まっていた。
今、ブレットが超えてきた丘の頂上に、それは姿を現し勇ましく嘶いた。
「ヴァーホバホバホバホ…………ボエ……」
ロバの嘶きを聞いたことがない方は、「牛が馬の鳴き真似をした」と想像しただきたい。
後ろ足で立ち、勇ましく跳ね上がるシルバに乗ったアーシュラ様がいた。
……情けがあるなら、ナポレオンの有名な絵画を代わりに想像しておいて欲しい。
駿馬……もとい、駿驢馬は、たちまちのうちにダニエルを追い越し、ブレットの隣りに並んで立ち止まった。
「ブレット様。お乗り下さい。……今度は、嫌でも一緒に参ります」
「今度って?」
アーシュラ様の差し出す白くて小さな手を握り、引っ張り上げられるブレット。
「そんな事より、しっかり掴まっていて下さい。ハイッ!」
シルバの腹に足をあてがい、早足で走りださせるアーシュラ様。
腐ってもサラブレット……もとい、二千年かけて品種改良されたバイオロバ。小さな体に二人乗のせてもスピードは落ちない。
こうして馬上の……もとい、ロバ上の人となったブレットは、一直線にファム号へ向かっていく。
「戦艦郡、迎撃限界地点まであと三分。ニャっ」
迎撃限界点を越えてから主砲を撃っては、地上に与える影響が大きい。戦艦の破片や爆発の際に発するエネルギーが、地上にかなりの損害を与えてしまう。
何とか高高度での迎撃に成功したい。
なのに、ファム号のエネルギーは落ちていく一方だ。主砲の連射により負荷をかけすぎたのだ。
「回復は……不可能です……。通常飛行に障害発生。不時着します。」
青い顔に、汗をびっしょりかいたロゼが肩を落として報告した。
オイスター艦長も、何も言わない。
ただ、ネコ耳達だけが、効果のない調整を続けていた。
「不時着地点にアーシュラ様とブレット副長確認。シルバに乗ってこっちに向かって走ってくりゅニャっ」
メインスクリーンの隅に囲まれたサブウインドウに、二人の画像が映し出された。
「ブレット! 助けて」
高エネルギーが飛び交う戦闘中。ブレットなど矮小な存在である。
そんなブレットに、何故かロゼは助けを求めていた。
トルボチーア傲慢王の治世において、ハスクバナードの領土は最大となりました。
王は1匹のネコ耳をいたく可愛がられ「予のペット」と呼んでおりました。ネコ耳も大変懐き、それはもう仲睦まじかったといいます。
後でわかったのですが、1匹だと思っていたネコ耳は、実は102匹もいたのです。
ペット役のネコ耳は、102匹でローテーションを組んでおり、当番制で傲慢王に対応。傲慢王をエサ係と呼び、美味しい料理を皆で頂いていたそうです。
王執務室の警護はザル。ネコ耳出入り放題との事。
このことを知った王は、即日隠居したそうな。
ちなみに、ハスクバナード帝国憲法第3条「ネコはいついかなる場所でも出入り自由」との事で、ハスクの人々の防犯意識はあってないようなもの。
帝国銀行中央大金庫にもネコ専用出入り口があるという事です。
次回35話「宇宙船に手を貸しました」
いよいよサイエンス・ファンタジー。
あれ? サイレンス・ファンタジーだったっけ?




