33.宇宙に向けて大砲をぶっ放しました
ファム号が着陸したのは、宇宙港ではなく、都市ブロック五つの中央だった。
正確に言うと、着陸はしていない。蝶の羽を広げ空中に停止している。
ふくらはぎ貨物室から、飛び出す物体があった。
パワードスーツ、グリフォ・グリフォン三機編隊に守られた小型輸送機だった。
輸送機の外見は、肉厚な円盤状をしている。コクピット部分が飛び出していて、四本の足が生えている。ヘリコプターから進化したのであろうか。
そんな組み合わせが五組。五つある都市ブロックへ散っていった。
前回の「皮裂け病」と、同じ指揮形態を今回も取った。
ロゼ艦長代理が五つのチームを統括指揮。オイスター艦長は上空のケティーム軍に対応する。ダニエルは円滑に事を進めるため、自主的に地上班へと入った。
たっての願いでブレットは、治療班の一機に乗り組んでいた。ドライアンクルの住人が気になって仕方ないのだ。
ブレット達治療班が飛び出して二十分が過ぎ頃、ケティーム軍と対峙するオイスター艦長が苛ついている。
「ケティーム艦隊に、まだ動きはないのか?」
動きがあると地上と治療班に大惨事が起こる事になるのだが……。
前回の「皮裂け病」での訪問と、先程の戦闘中に収集した情報では、ディバージョン艦隊に対地攻撃兵器の存在は認められなかった。
大気圏外からのエネルギー兵器による対地攻撃は効果が薄い。しかも、ファム号のバリアで弾かれる。
ミサイルでは足が遅いため、これまたファム号の対空兵器で落とされる。
ヴォルフ大佐としては、攻めあぐねているのではなかろうかと思われる。
「幾ばくかの艦隊行動は見られますが、表だった動きはまだです。編隊を組み直し、体勢を立て直している模にょうでみゅニャっ」
索敵をしていたミケが、デスプレイを見ながら現状報告した。かみかみで。
艦船で格闘戦を仕掛けてくる。そんな高度なマニアが相手だ。今度はどんな手を使ってくるのか……。
「全治療班、医療設備設営完了。終わったチームから順次治療に入りました」
ロゼが報告する。
「ブレット。無茶しないでね」
これは余りにも小声だったので、報告とは言えなかった。
医療班の活躍は前回とほぼ同じ。ドライアンクルの住民達の抵抗は無かった。
実際危ないところだった。既に死亡患者が数名出始めていたのだ。
ファム号は、天然痘治療におけるタイム・ボーダーラインを跨いだ形で、ドライアンクルに到着したのだった。
ドライアンクル全ての住民はファム号の乗組員を信頼し、混乱することなく治療を受けていった。
前回の一件で、ブレットと仲良くなった子供達も無事だった。天然痘を発症していたが、アンチ・ウイルスの投与が間に合ってすぐに治癒へ向かった。
各都市ブロックで天然痘に罹患した人々は、確実に回復していった。
報告はすぐにファム号から、ケティーム帝国、ビュエル同盟国、そして地球政府・地球メディアへと連絡される。ファム号の持つ言語道断なあらゆる通信手段をもって。
一方、大気の外では、フェイクを入れながらも目立たぬように、だが確実に破壊の計画が進行していた。
「ファール・ブレイドゥーより入電。『ネズミ動いた。鰹節転送す』以上。ニャっ」
ファール・ブレイドゥーとは、ファム号船務科配下、電測班特別深探査チーム”黒猫探検隊”に所属する専用探査機の暗号名である。
探査ドームが機体のあちこちに突き出ている真っ黒な機体だ。
人類の探査機器程度では、光学・電波・熱・質量・重力・波動・空間変位・思念探査等、全てにおいて検出できないという、反則能力を持っている。
ファム号が、ドライアンクル大気圏に突入する直前。ケティーム艦隊の死角になった宙域で、射出されたのだ。
ファール・ブレイドゥーは、ケティーム艦隊のド真ん中で堂々と情報収集し、ファム号へ全て流している。
ファム号はケティーム軍の動きが、いや、ヴォルフ大佐の配置を余すことなく捕まえていた。
そのファール・ブレイドゥーからの情報を処理した結果、とんでもない動きを察知した。
「戦艦三隻が一直線に並んで、大気圏突入コースを取っていまにゅにゃ。このまま墜落すると、ドライアンクル・センター都市の中央に落ちにゅにゃ」
ミケが中央パネルに3D概略図を投影した。
「先頭の一隻を楯として、残りの船が体当たりをする。光波ミサイルで打ち落としても、残骸は落下する……。費用対効果を無視した思考。うむ! 爆装していたら、より効果的である。見事!」
オイスター艦長が誉める。
「敵を誉めてどーするんですか! こちらはピンチです!」
ロゼが抗議する。地上にはブレットを含め、大勢の仲間が展開しているのだ。
「ブレット達に連絡。シェルターか地下施設に住民を避難誘導。迎えに来るまでおとなしくしていろ!」
オイスター艦長が、そう指示を出すとロゼを席まで呼んだ。
「ロゼ君。例のアレを使おう」
「アレって主砲ですね? 試し撃ちをしていないので、どのような結果になるか解りませんが……、確かに主砲しかありませんね」
深刻そうな内容だが、ロゼの目は期待に輝いている。いや、キツネ目で笑っている。
ロゼのセリフには、使ってみたい気がありありと滲んでいた……彼女は、オイスター艦長と同じ穴のムジナなのである!
「主砲発射用意! 目標、敵特攻戦艦。ファム号、迎撃地点まで移動!」
ロゼの合図で、ネコ耳達は喜々としてオペレートを開始した。これまた興味津々、新しい事には率先して行動を起こす民族的習性があるのだろうか。
オイスター艦長やロゼが詳しく指示命令を出すまでもなく、ネコ耳にしては珍しく統率だった動きをする。
「ファール・ブレイドゥーに直接照準させるにゃ。情報システム直結。ニャっ!」
「砲雷用炉心、出力フルパワー! 主砲発射安全装置解除。エネルギー伝達。ニャっ!」
エネルギー転換炉の唸り音が、地の底からファム号全艦に響きわたる。
ブリッジ内では、上を下への大騒ぎとなりながらも、遅延することなくスムーズに主砲発射態勢が整っていく。
「主砲」とは、その艦が持つ最大口径の砲の事である、のだが……。
ファム号は上昇しながらフラフラと、右に左に移動。やがて、迎撃地点に到達したのかピタリと動きを止めた。
背を大地に向け、顔を天空に向けている。大地に対し水平に寝ころんだ状態である。
正面から迎え撃つのだ。
ファム号の両手が、真っ直ぐに伸びる。前にならえの状態だ。
胸の宝玉を飾っている彫刻を彫り込まれた枠が内側に引っ込み、宝玉が迫り出してくる。
腕の内側が、左右対称に四対発光。 左右の腕の間で、幾重にも雷光が走る。その数は、時と共に次第に増えてくる。
雷光の数に呼応するように、胸の宝玉が光を放ち始めた。
天空にオレンジ色の光が、肉眼で見え始めた。先頭の戦艦が大気との摩擦で燃えているのだ。
ファム号の胸の宝玉が爆発的に輝きを増すと、向かい合わせた掌に三条の光の輪が出現した。
戦艦の外装が大気との戦いでの発するオレンジの炎は、目に見えて大きくなってきている。
「主砲、炉心よりエネルギー充填完了。目標捕捉、自動追尾順調ニャっ」
いかにも、危険ですから触らないで下さい、と主張している、黄色と黒の縞模様を施されたボックスがスライドし、主砲発射トリガー(コントローラー風)が起きてきた。そのトリガーを砲雷長ミアが両手で握る。
「主砲発射準備完了。いつでもOKニャっ」
砲雷長ミアが、主砲発射準備の完了を伝える。
「主砲撃ち方始めー!」
「ニャッ!」
オイスター艦長の命の元、小さな電子音を立て引き金(コントローラー風)が絞り込まれた。
ファム・ブレィドゥー号の胸が、宝玉を中心として爆発的に光を放つ。
その光は収束されて、光球となる。
光球が二本の腕の間を通り、掌の輪を潜って初めて轟音が鳴り響いた。
輝く粒子を撒き散らしながら、光の玉が天空に向け飛び立った。
「ライトニング・ワルキューレ」
既にブレットによる命名済み。主砲の名称である。
光の玉は瞬時に戦艦一隻を貫き、蒸発させた。
すぐ後ろの二番艦は一番艦が貫かれた時に、爆発霧散した。
続いて三番艦が爆発した時、後方無人艦船が百隻単位でエネルギーに変わっていた。既に光の玉は、その宙域にまで達していたのだ。
ディバージョン艦隊は、一瞬にして、戦力の約三分の二を失った。
「な、何だ! ありゃ!」
ヴォルフ大佐が立ち上がって窓の外を見る。そこには光りの粉を曳きながら突き進む巨大光球と、光の粉にまといつくように輝く円形、或いは三日月型の光の群だった。
駆逐艦ランツァの通常艦橋に詰めていたケティーム軍兵士達は、窓の外に展開する有り得ない光景に我が目を疑った。
戦意喪失。
ヴォルフ大佐は、通常艦橋で指揮を取ったことを後悔した。
戦闘艦橋なら、戦艦の爆発する光景は直接見えない。撃沈数分だけ、スクリーンに映った光点が減るだけだ。
兵の感じる現実感が違う。
ファム号の主砲一発で、兵士達は負けを意識した。だが指揮官として、ヴォルフ大佐は後に引けない。
「艦隊を広範囲に展開させよ。第二陣準備。準備完了次第、直ちに突入させよ」
意図的に冷静な言葉遣いで命令を発した。
「あれだけのエネルギーを放出したのだ。そうすぐに第二射は考えにくい」
当てずっぽうで言った台詞だったが、実はその通りだった。
「砲雷用炉心ダウン、出力三十%にまで低下。回復まで一時間必要。ニャっ」
オペレーターのニアからの報告。
「ファール・ブレイドゥーに連絡。指揮艦の特定を急げ。相手の出方を伺いすぎた。遅すぎたかもしれない」
オイスター艦長、大いに焦る。
「主砲、発射!」
ほんとはこう命令したい。
次回34話「宇宙の馬、走りました」
だからといって天馬ではない。
アテナの★戦士Ωでもない。




