23.宇宙でアルコールを呑みました
十二時ジャスト。ファム・ブレィドゥー号は離岸した。ごく自然に、そこはかとなく周囲に軍艦が散らばっていた。
「艦隊を組んで港を出るのも久しぶりである!」
腕を組んでウンウンと、しきりに頷くオイスター艦長。
どこからか、今回の主旨を探ってきたのか? 久しぶりにプレスの船がまとわりついている。
しかし彼らとは、基本的に船足が違う。瞬く間に「護衛艦隊」を置き去りにし、DSS・ドライブ可能空域にまで到達した。
「木星と土星が蝕を起こしています。中間地点にDSS・ドライブ・ポイント有り。超長距離DSS・ドライブ準備お願いします」
ホロスコープを操作し、航海長らしい仕事ぶりを見せるブレット。
「ファム号の他空間航行の限界時間は理論上二十四時間だけど、現実は十二時間よ。DSS・カットをかけるタイミングに気を付けて!」
言い訳気味のロゼ。経験則に基づいて算出した、ファム号の他空間航行限界値を再度徹底する。
人類の持つ通常高速宇宙船でも、他空間航行の限界時間は約六時間である。
他空間航行の時間と到達距離の関係は、乗数特有の放物線を描くグラフで表される。つまり、他空間内の時間で六時間と十二時間では、到達距離に何倍もの開きができるのだ。
「惑星ドライアンクルに向けてDSS・ドライブを敢行する」
オイスター艦長の命により、外宇宙航行に向けて準備がなされていく。
「DSS・ドライブ・プログラム作動! 他空間突入十秒前。各員、最終安全確保!」
実際には、二級宇宙船舶ライセンスしか持たないブレットが、全指揮をとっていた。
プログラム発動と同時にファム・ブレィドゥー号は、目標ポイントに向かって猛然とダッシュする。
「DSS・ドライブ十秒前!」
「高機動モード作動します」
ロゼが静かに宣言すると、ブレットが右手拳を水平に付きだして、叫ぶ。
「ファムッ・ウインングッ!」
「何それーっ?」
ロゼが、頬に手を当てて叫ぶ。某有名な油絵画のような『叫び』を無視して、ファム・ブレィドゥー号の背中から光の翼が伸びる。
「ファム・ウイーング展開完了!」
ニケ操舵手が、ブレットと連携して叫びながら高機動翼を展開した。以後、高機動翼をファム・ウイーングと呼ぶこととなる、涙無くしては語れない物語である。
高機動モードになったファム号は、光の速さに迫る速度に一瞬で加速した。
「DSS・ドライブ!」
ブレットが叫ぶ。叫ぶ必要は全くないのだが。
ファム号は目に見えない他空間へのゲートに飛び込んだ。光の残滓を残し、通常空間から姿を消した。
他空間への突入と同時に、ファム号のメイン・スクリーンはオーロラ色が支配した。様々な色彩の光の粒子が筋を引いて後方へ流れていく様を映し出している。
「操縦をファムの電脳に渡しまにゅニャ」
メイン操舵手のニケが古めかしいレバーを操作した。後は自動で航行する。
一方、艦橋に立ち入ることを禁じられたダニエル少尉は、割り当てられた自室にて待機中だ。
船の自室といえば安物ビジネスホテルのシングルルームを想像しがちだが、えらい間違いである。
腐っても王室付特務艦! ファム・ブレィドゥー号である。オーシャンビューを備えた新婚カップル向けリゾートホテル並、のお部屋をご用意させていただきました。
ダニエル大尉は、広いリビング中で一番小さいソファーに座っている。手荷物と一緒に小さくなって。
さっきから飽きもせず、美術工芸品でもある茶壺を幸せそうに見つめ続けていた……。
さて、その夜。
人気とネコ気の無くなった食堂で一人、ロゼがドリンクを注文していた。相手をするのは給仕ロボットだけである。
思うところがあるのだろう。なにやら表情が暗く、なで肩気味だ。普段は明るい少女だが何かと悩みの多い年頃なのだ。
「あ、いたいた」
全くもってデリカシーの欠片もなく、ズカズカとブレットが近づいてきた。
ギラリと睨むロゼ。元々吊り目系な彼女は、睨むと三泊眼になる。こわい。
「何飲んで……あ、お酒臭い。未成年がアルコール飲んじゃいけないんだぞ!」
睨みの利かない無神経な相手に、肩すかしを食らってバツが悪い。ソッポを向くロゼ。
「ハスクバナードでは、十五才を越えれば飲んでも良いの。事実、ここのバーテンは規制無しで出しているでしょう?」
ロゼは、あっちを向いたままで答える。バーテンロボはロゼの言葉を肯定して頷いた。
「まあね、ちょっと前にアーシュラ様から聞いて知ってたけどね」
意地悪く笑いながら、ブレットはロゼの隣りに腰掛けた。
「アーシュラ様といえば、今日、パンツルックだったけど、やっぱりスカートの方がお似合いだよね。やっぱ女の子はスカートに限る!」
ロゼの艦内服は、ウレタン生地っぽいツナギである。スカート姿は見せたことがない。
ブレットのセリフに、ますます意固地になるロゼ。
ロゼの怒りに油を注いだことなど露知らず、お酒の話しを続けるブレット。
「こっち向けよ! ずっと前から毎晩飲んでいたろ? 休肝日を作らなきゃいけないんだぞー」
「向きませんっ! 休肝日って、……二十四時間は飲まなきゃいいんでしょ?」
ロゼは向こうを向いたまま、肩肘ついてぶっきらぼうに言った。
「昨日の午後九時から、今日の午後九時まで、二十四時間飲んでませんでしたっ!」
「理屈っぽいなぁ。お天道様と神様は誤魔化せないよ」
ブレットも、バーテンロボにロゼと同じのを注文する。絹のような輝きを持つ、透明な液体がグラスに注がれた。
「なに考え込んでんだよ?」
「別に」
ブレットは、差し出されたグラスを手にした。
「当ててやろうか? あれだろ? 自分の生まれを――」
「黙ってて!」
ドンピシャらしい。
「ケティム帝国は別だろうけど、ここ地球圏では生まれをどうこう言う人はいないよ」
「あんただって血統がいいじゃない。世継ぎで社長でしょ?」
ブレット、思うところあって腕を組む。
「僕が特権階級に見えるかい? うちの父ちゃんの父ちゃんは、土産物屋の親父だよ」
口を開きかけるロゼを先んじて、話題を変えるブレット。
「ふふふ、僕が大人の飲み方ってものを伝授してあげよう。まずは香り」
鼻の穴をおっぴろげ、音を立てて香りを吸い込みだした。
「ゲフォッゲフォ!」
アルコールの刺激にむせるブレット。
「いや、ちょっと、無理しない方が――」
「大人の飲み方、その二、ゲフォ!」
まだむせているブレット。目に涙が浮かんでいる。
「まずは舌で味わい。喉で転がす」
軽く少量を一口。
「ふふいふぇ、(続いて)ふぃふぁるのふぃに(しかる後に)ふぇんふぇふふ(嚥下する)」
「ちょっと、はしたないわね。飲み込んでからものを言いなさいよ!」
しかめっ面で怒鳴るロゼ。
次に刺すような言葉を吐こうとしていると、ブレットが不自然な動きをした。
「ブレット? ちょっと!」
ブレットは……。
カウンターに突っ伏していた。
「……たった一口で、酔いつぶれた?」
何処で嗅ぎつけたのか……、腕に「ブレット担当」と書かれた腕章を巻いた看護ネコ耳族がワラワラと湧いて出てきた。
「えっさ、おいさ」
彼女らが担ぐ担架に乗せられ、医務室へ消えていくブレット。
所在なげに見送るロゼ。
「……何のために……」
暗く沈んでいたのに、ブレットと話すことによって気が晴れていた事に気づくのは、ロゼが自室に戻ってからだった。
日本人なら、誰しも最初はコークハイ。
ファム号の機関は、熱を発しないそうです。
地球の機関とは、生い立ちからして思想が違うのでしょう。よく解りませんが。
次回24話「宇宙で上下を決めました」
ビュエル領内モンティアル星に入ります。




