21.宇宙船に庭があってもいいじゃないか
「二大大国の本音を申し上げましょう」
ここにきて真剣な目をするボッカルド。なにか政治的懸念が含まれるのか。
「ビュエル同盟国もケティーム帝国にピーラー・ウイルスを兵器転用されては困る。しかし、アンチ・ピーラー・ウイルスの多量保持をアピールする事によって、バイオ兵器使用の無意味さを印象づけたい。ケティーム帝国も、自国領民がウイルスで自滅していく事を避けねばならない。世論がうるさくなって内乱に利用されたくないのです。おわかりか?」
再び、椅子に腰を下ろす提督。ここから言葉遣いがガラリと変わる。
「それでなくとも和平が壊れつつある。何が開戦理由になるか解らぬビリビリした状態が続いているんだ。……ブレット君、戦争は嫌だろう?」
『戦争』それは、人類全てが忌むべき行為。そして、決して死なない立場の人間だけが好んで使う外交手段。
「情報部の調べなんだが、ケティーム・ビュエル両国軍がドライアンクルに戦力を集結しだしているようなんだ。いまやドライアンクルは、哀れ、火薬庫となす!」
事務所にいる者達は、戦争に対して個々にどういう考えを持っているのか?
多数決的には「忌避」が優性しているのだろうが……。
もっとも、そんな大事な事柄を雑居ビルの三階で話すること自体いかがなものかと。
「じゃあ、なんでビュエルの船が直接ケティームのドライアンクルまで運ばないのですか?」
ブレットが疑問を口にする。もっともな話だ。
「バカねぇ。なんで敵国にご飯のおかずを送るような真似をしなきゃいけないのよ! 受け取る方だって素直に受け取りにくいじゃない!」
ロゼが小馬鹿にした口振りで、ブレットの左こめかみをツンツンする。
悔しそうに下唇を噛みながら、涙を堪えるブレット。頑張れっ!
うんうんと、肯定しながらボッカルド提督が再び口を開いた。
「ファム・ブレィドゥー号が地球にある最速の船なのです。ビュエル同盟国領モンティアルまで、ファム号の足で三日。そこからケティーム帝国領ドライアンクルまで四日。都合七日もかかります。既に発症が確認されてから三日経っています。それでも発症から十日では……遅いかもしれません」
人道支援。そんな難しい単語はいらない。なんら落ち度のない人々の命がかかっている。
ロイヤル宙運社員一同、目に真剣な光が宿る。ネコ耳達は遊んでいたが……。
「勿論、特別料金ですことよ。なにせチャーター便扱いの定期航路外航行ですからね。契約料金以外に発生した必要経費は、ちゃんと請求いたしますからね!」
マープル経理部長である。この方もある種の決意をなされていた。
渋い顔をする提督を余所に、雨はいつ止むともなく町を紫煙で包んでいた。
その日の昼前には出航許可が出た。ファム・ブレィドゥー号の出航準備の方が遅いくらいだ。全てが電子・機械化されたこの時代にしても、驚異的な出航時間短縮である。
軍の口利きのお陰だ。
お昼丁度に、情報部の人間が一人やって来た。
やって来たのは情報部大佐の部下。お茶を入れるのが趣味の大尉その人。
自慢のお茶がアーシュラ様に「残念なお味」と、一言の元に切り捨てられた事を未だに気にしているのか、顔色が悪いままだ。
彼はダニエル・ビアンキ大尉。背が高い。三十代前半の事務職タイプ。
午前の、事務所での打ち合わせの最後に、ボッカルド提督が条件を付け加えた。
「超法的処置が行われるので、民間人だけに任せておくことは立場上出来ません。責任者として部下を一人付けさせていただきます。勿論、宿泊扱いとしてファーストクラス料金を請求してもらって結構です。どうせ君たちの払った税金を使うんだし。ここの勘定項目って穴場ですよ、経理部長」
やむなし、とお金に目がくらんだマープル経理部長は即答した。
ロゼやオイスター艦長は、ファム号船内に軍部の人間を立ち入らせることを危険だと主張したが、抵抗むなしくマープルに押し切られてしまった。
辛うじて、機関部やブリッジ等、機密部分への入室を禁止する条件を飲んでもらっただけだった。
情報部大佐が乗り込むんじゃなくて、その部下Aだからいいか。心はすでにアーシュラ様に折られているし。という諦めもあった。
話を戻そう。ダニエル大尉が、ファム号のデッキに上がってきた。
「ようこそ、ファム・ブレィドゥー号へ」
ブレットとロゼの二人が迎えに立っていた。
ロゼは眉の吊り上がった笑顔で……もとい、営業スマイルで迎え入れる。ブレットは普通の笑顔だ。過労のせいで、そこまで思慮が回らないのだろうか。
自分の手荷物はザック一袋しかない。実直な軍人の様である。
「ダニエル・ビアンキ大尉です。ダニエルって呼んで下さい。これからの数日間よろしくお願いします」
そう言って握手を求め手を出した。ロゼは無視。
必然的に、深い思慮を持たないブレットが代表して握手した。……そう言えば社長だったし……。
「伝令ニャ!」
三人の前にネコ耳が走り込んできた。腕に「伝令」とマジックで書きなぐられた腕章が巻かれている。
「お客様と、ロゼ、ブレットの三名をアーシュラ様がお呼びにゃ。直ちにアーシュラ様のお部屋にいらしてくりゃちゃいニャ」
アーシュラ様という言葉に、ダニエル大尉が反応した。
彼は未だに「残念なお味」とアーシュラ様に言われた一言が、澱のようになって心に引っかかっていたのだ。何かにつけ思い出しては一人臍を噛んでいる。
お茶の入れ方には人一倍自信があった。その辺に転がっているお茶のプロには負けない自信があった。軍人になっていなければ、紅茶専門喫茶店を開いていたかもしれない程の入れ込みようだった。
あれから一度もお茶を入れたことがない。湯の入ったポットを見るのも嫌だった。完全にトラウマになってしまったのだった。
伝令ネコ耳の尻尾を踏まないよう気を付けながら歩く三人。
部屋といっても、複数のブロックを所持しているアーシュラ様の場合、屋敷と呼ぶ方が的確なのかもしれない。エレベーターで乗り付けた階全てが、アーシュラ様の物なのだ。
ダニエル大尉は、外見から想像できない艦内の広大さに、戸惑いながら付いてきている。
部屋に入ってからも長い廊下を歩かされ、突き当たりのドアをくぐると……、緑の景色が三人を待ち受けていた。
紅茶にミントの葉を浮かべると美味しい。
その際、包丁の背で葉を叩くか、何枚かにちぎっていれるべし!
次回22話「宇宙の名馬」
ダニエル大尉はどこから乗り込んだのでしょう?
ファム号の7不思議。




