18.宇宙でアッパーカットが決まりました
気まずい雰囲気が、二人の間に漂いだした。
回転車を回そうとするテレーネを必死で妨害するブレット。でも目はロゼから離さない。
「あの方のご母堂様は正室。私の母は平民出。同じ父を持つのに……正室を母に持つ他の二人のお姉様達からは、無視どころか排除されて……」
ここで少しロゼの表情が和らぐ。
「でも、なぜかあの方は、……三つ年上のアーシュラ様は私に普通に接してくれた。あまつさえ庇ってくれて、色々と援助してくれたわ。このファム号だって、父上からアーシュラ様が授かった戦艦よ。それを私のために改造してくださった」
ロゼの目に涙が浮かぶ。
「人形の船は、王室の者、それも特別な者だけにしか所有できないのよ。それを惜しげもなく私に……。あの方は、私にとって、大事な人なんです! 妹として可愛がってくれて……。あの方は別格なんです」
「そんな『大事な人』をこの間の暴走DSS・ドライブに巻き込んだんだ」
「うっ!」
目を細め、ボソリと言い放つブレット。
彼の指摘に胸を押さえてうつむくロゼ。顔色が蒼くなっていく。
「あまつさえ『別格』扱いの人に、生死に関わるようなミスを不問にしてもらったんだ」
「はうっ! あふうっ!」
さらにビシビシ指を突きつけ、糾弾するブレット。
胸に爪を立てて、もがき苦しむロゼ。ロゼにとって、前回の一件は一生モノの精神的外傷であろう。
自分の研究成果や社会的成長を真っ先にアーシュラ姉様に見てもらいたくて、喜んでもらいたくて……。
結果、勇み足的ケアレスミスを犯してしまった。命より大切な人を自らのミスで、生命の危機に陥れてしまったのだ。
そして、ブレットがロゼの計算間違いを指摘したことに対して、アーシュラ様は不問にしろと命じたのだ。
あの時の、リビングでの言葉のやり取り。ロゼはどんなに苦しかったことだろう。
そういった点をどんどん突いていくブレット。
悔恨で傷だらけになったロゼの心に、塩をドンドン塗り込んでいく。容赦ない十七才である。
両手で耳を塞ぎ、更にうつむくロゼも十七才。
立場逆転を狙い、ここを先途と鬼畜に叩き込むのか?
「もの凄くいい人じゃないかぁーっ!」
自分を責める声の変化を感じ取り、顔を上げるロゼ。
ブレットが泣いていた。わんわん声を上げ泣いていた。吹き出る涙を拭こうとはしない。鼻水も出てきた。
ブレットは、ロゼの痛みを解ってしまったのだ。だから、ロゼの抱え込んでいた負の部分を声に出して言えたのだ。
ロゼの心を感じとっていたのだ。……表現方法はチトまずかったが……。
「ブレット……」
ロゼは、嬉しいような悲しいような、複雑な感情が入り交じった気持ちでブレットを見つめた。ブルゾンのポケットからハンカチを出して、ブレットに手渡す。
しゃくり上げながらハンカチを受け取り、涙と鼻水を拭きとるブレット。
「ロゼちゃ~ん♪」
予備動作なしでロゼの胸に飛び込むブレットをロゼのアッパーカットが、コークスクリュー気味に迎え撃つ。たいした反射神経だ。
インパクトの瞬間、ロゼの立っている床板が撓む。そして、そのまま顎を打ち抜くように振り切った。
「たわけーっ!」
何度目だろうか……。糸の切れたマリオネットの様に手足を体にまとわりつかせ、もんどりうって倒れ込むブレット。
間違わないでほしい。ブレットは前出のように、パニック状態になりかけると精神を保護するために一部人格が変わるのだ。
「ハンカチ、洗って返してよね」
手首を痛めたのだろうか。右の拳を振り振り、部屋を出ていくロゼ。なにやらブツブツ呟いている。
入れ替えに、担架を担いだ看護婦スタイルのネコ耳四匹が入ってきた。どうやって、ブレットの危機を知ったのだろうか? ……はなはだ疑問ではあるが、お花畑の夢を見るブレットを担架に乗せ、お馴染みとなった保健室へ向かっていった。
ヌコはアメリカンショートヘアーが一番だと思うのだけど、ネコ耳族は全員無地柄。
次回19話「宇宙の閑話」
カミングスーン!




