14.宇宙運送業再開しました
「儂も必要なくなったな」
後ろからオイスターの声がした。
オイスターは手を後ろに組んで立っている。目深に被ったトレードマークの軍帽から、片目だけを寂しげに覗かしていた。
「この船は儂がおらんでも航行できる。ブレットの親父殿との約束もこれで果たせた。後は、お前が経験を積む時間が必要なだけだ」
この船の艦長職はアーシュラ様だ。そして実質的に船を動かすのはネコ耳達である。
この船にオイスターは必要ない。
オイスターが、ポロネーズに並んだ時、ロゼが声をかけた。
「オイスターさんはまだ必要です。なぜなら、この船には地球の法律に沿う艦長の資格を持った者が、存在しないからです」
ピクッとオイスターが反応して聞き返した。
「艦長?」
「そう、艦長職。あなた方の法律では、船を動かす為に特定の資格を持った責任者が必要です。私たちハスクの人間では地球の法に抵触するでしょう。つまり、この中にはオイスター氏以外、合法的有資格者が存在しない事になります」
きりっとした態度で、オイスターに協力を要請するロゼ。
オイスターは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔だをしていた。
ポンとオイスターの肩に手を置くポロネーズ。
やがて、オイスターは、感動して震えた両手を横に動かした後で聞き返した。
「資格とか、そんな事は、こっちに置いといて……。今『艦長』と言ったな?」
艦とは、船の一種で、戦闘を目的とした船の事である。
「そうです。ファム・ブレィドゥー号は実験研究ラボが主目的のフネですが、基になっているのは王族用特殊形態第一種戦闘艦です。ベースが戦闘艦である以上、ファム号の正しい表記は『艦』です。そして『艦』ある以上、その長は『艦長』になります。実際のところ、私は『副艦長職』にありますし――」
「引き受けた!」
「へ?」
話し途中で入ったオイスターの返事に、間抜けな受けをするロゼ。
「任せておきたまえ、ロゼ副艦長。こちらこそよろしく頼むよ」
変な文法で話しながら、キョトンとしているロゼの肩を抱き寄せた。
「艦長職を引き受けるにあたり、この艦の戦闘力を知りたい。普通の能力しかなかったら暴れるよ。酒飲んでトラックで突っ込むからね。では別室で説明願おうか」
「いや、ちょっとあのぉ」
力ずくでロゼを抱え込むように、喜々として別室に消えていくオイスター。まるで子供のような喜びようだ。……長生きするのであろう。
「オイスターさん、やっぱり艦長って呼ばれたいだけなんだ」
「そうさのう……」
そしてポロネーズさんは船を下りた。
外宇宙星間貿易時代――。
地球単独政府による外貨獲得方法は、恒星間運送――いわゆる他国との民間貿易による所が大きい。
現在、外宇宙航行が出来る輸送船の殆どが、地球船籍を有している。
地球の法律は、貿易を振興するための保護措置によって船舶保持運用の税関係を特に安く設定している。恒星間運送業にとって、地球船籍を取ることが、税金・運用資金の面で有利なのだ。
ブレット達、㈱ロイヤル宙運も、もれなく地球に本社を置いた恒星間運輸(零細)企業の一つだ。
一夜明けて、翌朝。
ファム号はオービット・リングの貨物用ベイに入港しいていた。
オービット・リングとは、地球軌道上にあるリング状の人工施設のことである。
この時代、地球の外観は一変していた。土星のような「輪」が、地球をぐるりと一周、取り巻いているのだった。
赤道上空に設置された、「オービット・リング」と呼ばれる人工建造物が、地球住人の宇宙生活の重要な基地となっていた。
オービット・リングから極太で巨大な足が二本伸びており、地球表面と接続されている。
南米大陸から一本、そして、アフリカ大陸から一本の都合二本。これらバベルの塔は、軌道エレベータである。
軌道エレベーターとは――簡単に言えば、衛星軌道上まで届くエレベーターだと思って頂ければ有り難い……まんまだが……。
軌道エレベーターの運用により、燃料を使うことなく(電気は使う)物資・人員を宇宙にまでピストン輸送する事が可能となった。地上に住む人間は、手軽に衛星軌道上の宇宙港へ遊びに行く。
隣町へ行く電車賃と同等の通行量を払えばよいのだから。
巨大なオービット・リングの一角に、ブレット達が取り調べを受けた軍施設も入居している。貨物用の宇宙港や旅客用宇宙港も、その他施設と共にブロック毎に設置されている。
一種の雑居ビル。
「いつ見ても、ここが地上と繋がってるとは思えないな」
呑気なセリフをはきながら、積み荷のチェックに怠りないブレットである。
「データーを税関からもらっているのに、何でわざわざ再チェックなんて非効率な事するの?」
口をへの字にしながらも、ブレットの貨物チェックに付き合うロゼ。
「重量の誤魔化しが多いんだよ。って、それが原因で遭難したのは何処のダレ?」
「重量間違いは、もっとも疑わしい原因の一つよ。限りなくグレー! チャコールグレーよ! 言い換えれば、証拠のない疑い! 疑わしき者は罰せず。つまり、重量計測ミスは主原因じゃないのよ! これは冤罪よ!」
無言で見つめ合う二人。
理論の平行線化を認識したのか、やがて個々に作業の続きを黙々と行っていった。
ここ、ファム・ブレィドゥー号が接岸している貨物用ベイ周辺には、報道関係の小型軌道宇宙船が無数に飛び交っていた。全て、ファム号を取材するためである。
軍がファム号秘匿を諦めた訳である。
そんな外側の騒動を知ってか知らずか、極々普通に貨物の搬入作業が効率よく続いていた。……手暇な作業員が、大挙押し掛けてきてはいるが……。
「そこっ! 関係ないならこっち見ない!」
ロゼが大声で、作業員の団体に怒鳴る。両腕を振り回し捲り殴りかからん勢いに、大慌てでロゼを羽交い締めにするブレット。
ロゼの剣幕に、三々五々散っていく作業員。日頃お世話になっている港湾作業員に頭を下げまくって謝るブレットの姿が、管理職の勤めとして皆の涙を誘う。
ファム号のクレーンが、宇宙用コンテナを一個、又一個と艦内に運び込んでいく。
写実的に表現しよう。ファム号の後ろ側、ふくらはぎ部分が大きく開いている。そこがファム号の貨物受け入れ口であり、貨物室でもあるのだ。
内側から三次元クレーンが、ミヨーンと伸びてきてコンテナをグワーンと掴みシューと収容していく。
勿論、ふくらはぎ内部も空間拡張されていて、外観からは信じにくい奥行きがある。二十フィートコンテナ換算で、三百二十個を収容可能だ。
積載場所・貨物室は、さすがに人影が動いていた。……ネコ耳達よりやや大きい……もっと大きい……人間を一回り大きくしたほどか。
二対のマニュピレーターと二本の移動脚が付いたポッド。平たく言えばパワードスーツ?
胸があって腹部がないタイプ。胸から直接脚が生えている。使用目的は現在不明であるが、『グリファ・グリウォン』という名が付いている。ま、それはどうでもよろしい。
税関を通ってきた書類を受け取って、出航準備は整った。
しん、と静まり返ったファム・ブレィドゥー号艦橋内。
「目標地、アプリア星系。総員出航シークエンススタート!」
オイスター「艦長」の命令が、ファム号艦橋に響きわたる。
それを合図に艦内がざわめきだし、ネコ耳オペレーター達が忙しく働き出す。
書類を手に持ったりレシーバーを耳に差し込んでいたりパネルを操作していたり走ってぶつかってひっくり返って書類を散らかしたり、といったモブシーンが展開されてこれどこかで一度見た。
港湾オペレーターより、出航許可が出た。
「抜錨! ファム・ブレイドゥー出航!」
オイスター艦長の野太い声がファム号艦内に放送される。
「微速前進」
ブレットが操舵手に指示を出す。
炉心から推進機関にエネルギーが流れ込み、ファム号の目に光が宿る。ビクンと体を震わせて、ファム・ブレィドゥー号が目覚めた。
腰と腕を振り、一瞬で進行方向へと向きを変え、豊かな胸をプルンと揺らす。勘違いしないでいただきたい。余った運動エネルギーを吸収するために、効率最優先で考案された機関である。いえ、けして萌え嗜好ではない。
操舵手のネコ耳がコンソールで手を動かすと、ファム・ブレィドゥー号が滑るように離岸していく。慌てて後を追うプレスの船。
バレエのようにポーズを付けて、クルリと一回転するファム号。光を反射する髪が、形の良い胸が、扇動的な臀肉が揺れると、プレスの船の間から興奮した歓声がわき上がる。
男共が熱い視線を送る先の船では、髭もむさ苦しい艦長の爺様が操舵手ネコに聞いていた。
「何をやったのか?」
「はっ。ファンサービスです。マープルさんのめいれいれすにゃ」
噛んだ。
「……それなら宜しい」
経験豊富なオイスター艦長は、この程度で心を乱したりはしない。肩が微妙に震えているだけだ。
さて……ファム号の推進システムが判明しました。
船体構成物質のベクトルに方向性を持たせてウンタラカンタラ……。
今回、出入り口の一つは脹ら脛と判明しました。
第15話「宇宙海賊に襲われました」
このお話はSF「サイエンス・ファンタジー」であり、SF「サイエンス・フィクション」ではありません。




