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11.宇宙軍相手に喧嘩売りました

「で?」

 大佐は首をすくめ、ロゼに話の続きを促した。


「実は、ファム・ブレィドゥー号の主エネルギー炉の出力を上げたままにしておりまして、二時間経って再調整しないと炉が暴走するんです」


「暴走するって事は……爆発するって事ですか?」

 口元に笑みを浮かべながら確認する大佐。

 マープルに至っては、忌々しげに、ペッと唾を吐いていた。


 場の空気はお構いなしに、続けて話をするロゼ。

「メインの炉には確か……太陽系の第六惑星程のヘリュウム塊が入ってましたっけ」

 左脳派のロゼが右斜め上を見ながら、記憶をたどるようなフリをして解説する。

「さすが高性能艦! エネルギーが巨大だぜ……って?」


 ブレットは指を折って数えだした。

「水・金・地・火・木・土……。六つ目は土星……土星規模のヘリウム? が一気に?」

「地球に穴が開きますな」 

 大佐は、非常に落ち着き払って、壁の時計を見ながらボソリと呟いた。


「穴が開くどころじゃないよぉ! 地球が無くなっちゃうよぉ!」

 動転したブレットが勢い良く立ち上がり、頭を抱えながら叫んだ。

 しかし、他のみんなは、立ち上がったブレットに冷たい視線を浴びせているだけだった。

「ってアレ? 騒いでいるの僕だけ?」


 カラカラカラカラ……。

 大佐のDSSクの上で、テレーネが回転車を回している。実に仕事熱心なハムスターである。

「テレーネ、おまえ今まで此処に? ……回るんじゃねぇテレーネっ! つーか、何で黙ってんだよぉーっ! みんなー!」


「今のが本当の話だったら驚くだろうけど、証拠無いだろう?」

 ニヤニヤ笑いの大佐が訊ねた。


「初歩的なハッタリね。陳腐なネタだけど、私ならもう少し上手に持っていけたわ」

 ずれた眼鏡を直しながらロゼを批評するマープル。どっちの味方だ、この女。


「よくある常套手段だ。実際、爆破させて困るのは君たちだろうし、第一そんなエネルギーが内存してるなんて、いくら何でも冗談にしか取れないなぁ」

 大佐は、困った子だなー、と手を広げ、小馬鹿にしたような笑顔で小首を傾げた。


 そんな大佐の仕草に、小馬鹿にされたと思ったのだろう。ロゼは拳を握りしめ、真っ赤な顔で力一杯大声を張り上げる。

「本当なんだってば! エネルギー量だけはホントなんだてっば!」

「エネルギーだけは本当で、他はデタラメ……と?」

 デスクに肘を付け、尖った顎を組んだ指の上に乗せてニヤリと笑う大佐。


「……」

 拳を握ったまま、二の句を継げないでいるロゼ。

 案外と嘘のつけないタイプらしい。


「え? 嘘だったの?」

 この時点で、ブレットは、初めてロゼのブラフに気づく。


「さて、これで君たちの船は、我が軍の管理下に置かれることとなった!」

 勝ち誇って声を張り上げる大佐。


 だが、大佐の声よりも更に大きな声が被さった。

「とんでもない! あの船は私たちが仕事で使うのよっ!」

 叫ぶマープル。ガラスの窓を震わす、超高音金切り声だ。

 大佐は、思わず耳を塞いだ。


「ここに契約書があるわ。ファム号はロイヤル宙運の元で就航する事になっているのよぉっ!」

 ヒステリーを起こたマープルが髪を振り乱しながら契約書を持ち出し、DSSクに叩きつけた。

 書式は法的に正式な物だった。


「い、いつの間にそんな契約を?」

 マープルの近寄りがたい迫力とあまりの素早い手の打ちように、大佐が体を引き気味に訊ねた。


「つい先ほどファム号代表責任者のアーシュラさんと、契約を交わしたところよ!」

 前髪を乱暴に掻き上げ、グワシッっと豊満な胸の前で腕を組むマープル。鼻の穴から二条の煙を吐き出しそうな勢いだ。ファム号接収の成り行きに、マープルは完全に取り乱してしまっていた。


 その時、後ろでドアがノックされた。

「っ誰だぁっ?」

 これ以上面倒くさいこと増やすなよー、とばかりに大佐が返答する。叫び声である。

 若い兵士が入ってきて敬礼。報告した。


「ハスクバナード王女、アーシュラ姫殿下をご案内申し上げました!」

「へ?」

 間抜けな返事をする大佐を無視して、その兵士はアーシュラさまを恭しく案内した。


 その美麗人の入室により、部屋が明るくなった。

 アーシュラ様が入ってきただけで、部屋の明かりが五十ルクスばかり明るくなった。

 その場にいる全員が息を止め、美の洪水にどっぷり浸かっていった。


「だ、誰がこの方を、お連れするように命じたのだ?」

 必死で水面まで漕ぎ上がり、息を吐くように大佐が叫ぶ。強靱な精神力の持ち主だ。


「いえ、王女様がここに案内するようにと『おねがい』されたもので……つい……。」

 真っ赤な顔で、若い兵士が動機を白状した。


「ドアの外にいる物共! 何をやっている? 所属は何処だ!」

 ドアの外に数人の兵士が直立不動で立っていた。強面顔のベテラン兵士一人が、新兵の様な口調で答えた。

「我々はッ! 人型宇宙船の警備担当の憲兵隊でありますッ! アーシュラ王女殿下をッ! ここまで完全護衛して参りましたっ!」

「なんだってぇえ?」

 大佐は取り乱した。


 仮想敵首長であるアーシュラ王女の「おねがい」だけで、憲兵隊が持ち場を離れたのだ。しかも、上官の判断無しで。そして全員で。

 ……でも気持ちはわかるので、罪には問わないでおこうと大佐は思った。


「アーシュラ様っ! これは一体!」

 もう一人取り乱す者がいた。

 ロゼだ。


 アーシュラ様の行動は予定外だったのか、押し倒すような勢いで詰め寄る。

「落ち着きなさいロゼ。ブレット様の船を壊したのが我々である以上、罪を償わなければなりません。仕事のお手伝いは当然の話です。……そんな事よりも、もう少し美味しいお茶はないのでしょうか? 残念なお味です」


 いつの間にか、大尉が自主的に出したお茶を飲みながら平然と言い放つアーシュラ様。

 大尉の呼吸が止まった。

 お茶の入れ方には絶大な自信があった。


 世紀の美女を前にしてエエカッコしたかったのだが……。部屋の隅へ移動し、目を泳がせながら頭を垂れる大尉であった。


 自我崩壊している大尉はそっとしておいて……。

評判が悪かったお茶の入ったティーカップをソーサーに優雅な仕草で戻してから、話を切り出すアーシュラ様。

「さて、軍情報部の方。こちらの情報をお渡しできない替わりに、取引を致しませんか?」

 改めてアーシュラ様を見ると、神による美をテーマにした入魂の造形をしている。

 それ自体が光を放っているのではないか、と思わしき蜂蜜のような金髪が神々しく揺れるのを大佐は息も出来ずに見入っている。


 本当はとても気になっていたのだが、大佐はわざとアーシュラ様の美貌から目を外していたのだ。

 美しい宝石のような淡い光を放ち、不思議な光線で自分を見ている全ての視線を引き寄せてしまうアーシュラ様の瞳。

 情報局員として心理訓練を受けたハズの大佐達も、きっちり惹き付けられている。

 ……ほ、ほんとうに美しさだけで惹き付けられているじゃないんだからね! こ、これは精神攻撃なんだからね!


「な、なんでしょう?」

 考えは遠き彼方。大差の口が勝手に動き、声帯が勝手に声を出した。

 アーシュラ様に見すえられ、詰問しているハズの大佐はあっさりと詰問される側に回ってしまったのだ。


「我々の技術は提示できません。そのかわり、これから起こるであろう争い事を回避してさしあげましょう」

「あ、争い事とはいったい?」

 王女様の笑顔の魅力で、見つめること以外出来なくなった大佐。


「当然の事ですが、ファム号は本国に向けて救難信号を出しています。時間がかかっても確実に拾える信号です」

 アーシュラ様は、相変わらず天使が慈悲の心で罪人に接するように、太陽の様な笑みをたたえて話す。

 お話をなされるアーシュラ様の宝玉製オルゴールのような声に、つい聞き入ってしまう大佐。


 ただ、ナノクラス測定器でしか解析出来ない程の変化が、アーシュラ様の表情に起こっていた。

 天使の笑顔と悪魔の笑顔。紙一重で天使の笑顔を保つアーシュラ様。


「ちなみに私は現王権王族の末席に名を連ねる者。私に何かあると星間紛争に発展するのは必至。という事を前置きに致しまして……」

 そう言った後、スーッと氷の笑みになる。

 力を放出していたエメラルドの瞳が、全てのエネルギーを吸い込みはじめた。


 王女様の表情を計るナノ測定器が、いつの間にか悪魔側に針を振っていたのだ。


「言い忘れておりました。王族である私には、たった数万隻程度ですが、一艦隊の指揮権を生まれ持って与えられています」

「アーシュラ様直属のゼルビオス首長艦隊の事です。正確には純戦闘艦が三万余隻。補給艦や揚陸艦等はその数に含まれません」

 ロゼが早口で事務的に補正した。


 大佐達は硬直した。確かにあり得る。そう感的に確信した。


 人類文明より数世紀分は進んだ科学力を持った国家である。他空間航続距離にのみ限定しても、ファム号の現実を見れば今の人類では遠く及ばない。その事は火を見るより明らか。


 武器火力に関しても同じであろう事が容易に推測される。

 しかも、ハスクバナード王国艦隊の情報が全くない。艦隊構成や運用システムなど基本構造は全く不明。


 さらに、人類側情報はどんどん蓄積され、ファム号を通してハスクバナード艦隊に渡っていく。

 そんな状況で戦えば、人類側陣営の不利は限度がない!


 後から考えると、これこそロゼのバカ話以上になんの証拠も無い骨董無形な話である。だが、話す人が違うとこうも説得力に差が出るものなのか?


 ゴクリと唾を飲み込む大佐達。話を続ける事が出来ないでいた。

 そりゃそうだろう。たかが大佐クラスの判断権限を大きく逸脱してしまっているのだ。

 ファム号は動力用機関と武装・研究ラボ併用機関を2基装備しています。

 ハスクバナード語で、「ツィルウェッツエ・ナルュャョツヶァ・ネーゲァゥス=コェッォデム・ゲッホンゲホン」と発音します。

日本語に直すと「ツ号艦本ナ式ネコ缶」となります。

 ちなみに、動力システムの正体は不明。だれか考えてください(そこまで設定してねーもん)

 

次回12話「宇宙軍提督が出てきました」

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