おばあちゃんはどこの人?
「いえ、環境科の者です。今日はおばあちゃんのその畑のことでちょっとよらしてもらったんです」このおばあちゃん、なんか変な発音やなと思いながら佑は答えた。
そのとき、その前のおばあちゃんの家の一角でやってるクリーニング屋に客がきた。
「おばーちゃん、これ頼むわ」客は店の中に入る。
おばあゃんは手を留めて、「ちょっと待ってて」と叫ぶとそそくさと店の方に入っていった。
「おばあちゃん、この歳でまだ仕事してるんや」佑は心の中でつぶやいた。仕方なく、この老婦人の跡を追ってクリーニング屋に入った。
「あんた、エンドさんやったね」おばあちゃんは伝票にエンドとカタカナで書きながらいった。
「いつできる?」男は伝票を受け取りながらきいた。
「木曜日、あさっての夕方にはてきてるから」
佑は「おばあさんこの歳になってまで働かなあかんぐらい苦労してるんやな。そんであそこにトマト植えてるんか」などと独り合点した。
「おばあちゃん、一人暮らしですか?」佑が尋ねる。
「いいや、子供がおる。一人は結婚して外に出てるけと、ひとりは家にいる」
「そうですか、それは寂しくないですね......」見当が外れたと思いながら、続けた。
「ところで、あのトマトのことなんですけど、とってもよく育ってますね。ただ、あそこの土地はここの町のものなので、申し訳ないけど......」佑はそれに続ける言葉が見つからなかった。おばあさんがとても大事にしているのが分ったからである。
「あのトマトはよう育ってる。初めあの土地は枯れててとうにもあかんかってん。いい土を入れたら、いまてはよう育つようになったわ。あと二ヶ月もしたら、熟れたトマトがてきるやろ。あんた、そんなにトマト好きやったら、そんときはおすそわけせないかんな。ところて、あんたなんて言う人?」
すっかり言いそびれて、佑はポケットから名刺を出して渡した。
「関本佑と言います。役場の環境科に勤めてます」
おばあさんは老眼鏡も使わず、名刺を眺めたが、「あかん、漢字は読めん」と言って、佑に名刺を返した。
「失礼ですが、おばあさんは地の方ですか?」佑は気になっていたことをおそるおそる聞いた。
「いや、ここに来てからはもう30年ぐらい。その前は高槻におった。でも、生まれたのは韓国や」
「なるほど」と佑は腑に落ちた。それで、おばあさんの発音が少しおかしかったわけだ。
「あんた、大卒で役場に入ったの?」
思わぬ質問に少しとまどいながら、「はい、そうですが......」と答えた。
「そりゃーええとこにお勤めやな、まあかんばりや」
佑は自分が近頃この仕事をおもしろくないと感じていることをおばあさんに見透かされたような気がして少し赤面した。
「はい......」
役所に帰って、係長に連絡した。
「へー、あの前に住んでるおばあちゃんが犯人か」荒井係長が言った。
犯人って言うほどのことかと、心で少し腹が立ったが、佑は顔には出さずにいた。
「そんで、おばあちゃんは立ち退きに納得した?」
「はあ、それが......」
「それが、なに......?」荒井は丸眼鏡の中から佑の顔を覗き込みながら言った。
「それが、ちょっと言いそびれてしまいまして......」
「はあ?」荒井はちょっと声を裏返しながら、切り返した。
「ちょっと、事情が複雑そうな方だったので」佑は曖昧な言い方をした。
「でもな、関本君、君はあの土地を立ち退かせるためにいったんやろ?そんでなんでそれを言わへんの?」荒井は佑をあきれ顔で見ながら「まあ、今度行くときはちゃんと立ち退いてもらってな」と言った。