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宮仕えも楽じゃない

翌日。


 関本佑は焦っていた。町の環境科に勤務し始めて約二ヶ月。もちろん、子供の頃からの夢がかなって、大阪の小さな役場の環境科に入った訳ではない。


 大阪の私立大学を卒業して、自分が本当に好きな事をやりたいというよりは、一番手堅く、実現可能な仕事に就いた。それが、唯一負け組にならない方法だと思っていた。だが、ここ二ヶ月仕事をして、どうもこの仕事は自分が思っていたよりはるかに退屈だということに気づいた。


「つまり、これは土地の苦情係やな」佑は思った。土曜日の昼頃やっている落語家の仁鶴が近所のもめ事の相談に乗る番組が頭に浮かんだ。なんとなくすっきりしない気持ちをおさえながら仕事に通っていた。


「あかん、また遅刻ぎりぎりや」環境科のタイムカードを7:59で押したのを確認した。


「おはようございます」佑が長身を少しだけ曲げて、中に入った。


「おっ、やっときおった」係長が振り返ってこっちを見た。


「君にさっそく頼みたいことあるんや」小太り丸めがねの荒井係長は言った。


「はい。なんですか?」


「あの青山二丁目に土手あるやろ。あそこの土手と道の端にトマト植えてる人がいるねん」


「トマトですか?」佑は鞄を机に置きながら聞いた。


「そいでな、関本君が行って、その植えている人に忠告してほしいねん。ここは町の所有地よって、植えたらいけませんって」


「またか」佑は心の中で仁鶴の顔がよぎった。しかしつとてめ顔は出さすに「分りました」と答えた。


 佑は市の環境科の作業服に着替えると、係長から車のキーを預かった。


「トマトを道ばたに植える人ってどんな人かな?近所の人には違いないやろけど」などと考えながら、車を走らせて十分もしないうちにその場所についた。


 そこは用水路を挟んでこちら側とあちら側では行政区が違う。用水路のこちら側は町、向こう側が市の管轄になっていた。その問題の場所の真ん前には、この街の最近の近代化に取り残されたようなあばら屋が連なっていた。この街の中で完全にその空間のみが別の世界を形成していた。


 着いたとき丁度、歳は八十過ぎと思われる小柄な女性が例の”トマト園”の手入れをしているところであった。「丁度、本人がいてくれたら手間が省けるわ」佑は心の中で思った。


「おばあちゃん、よう精が出るね」佑は話しかけた。


「そーや、ちゃんと手をかけてやらんと、そたたんからね」草を抜く手を留めずに答えた。近くでみると、そこには小さい草の一本も生えていない。


「あんた、たれ?役場の人?うちはチャンとせいきん払うとるよ」


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