プロローグ
美しきものを慕うは人の常。
野百合の可憐さに人は心を奪われ、おもわず足をとめる。
されど、路傍の蕃茄になど、誰が立ち止まって目を留めようか。たとえ、それが大事に育てられたものであるせよ。
誰しも自分の人生は百合のように華やかでありたいと願う。一度しかない人生、路傍のトマトではあまりにも夢がない。とはいえ、路傍のトマトにもそれなりの味わいがあるということを知らない人はあまりに多すぎる。
これは決して華麗な百合ではなく、まさに路傍に植えられた蕃茄のような人生を送った一人の女の物語である。
第一章
「いったい、誰がこんなところに許可なくトマトを植えたんやろ?」市の環境科の係長は思わず口にした。
最近こそモダンな住宅が増え、それに便乗して新たなスーパー、病院、公園、マンション、しゃれたケーキ屋やレストランができ始めた急行が辛うじて止る小さな街のことである。
この街は五十年前頃から開発が進められた。関西きっての実業家、小林一三が造り上げた、電車の線路を引いたところに町をつくるという阪急電車の発想をそのまま体現化したような街である。その街には、小林一三の思惑通りに、大阪方面、京都方面に仕事を持つ若い家族がこぞって入居した。決まって、平の凡を地で行くような人々である。しかし、その世代も現役を終え、その子供たちはどこかへ行ってしまって最近は昼間でも人の声さえ聞こえぬような静かな所になってしまった。だが、この四、五年駅前を新しくしたことで、この街がにわかに潤いを取り戻しつつあった。
さて、そのトマトは、私有地でもなく、道でもないところに植えられていた。この街はそもそも車道も地元の私有地のすき間を縫うよう敷かれたため、車は運転しづらいだけでなく、歩行者もまことに歩きにくい。おまけに、昔からの灌漑用の幅二メートルほどの水路が街の真ん中を走っている。トマトはその灌漑の土手と車道の路肩とのわずか半メートルもないような長細い隙間に植えられていた。
「まあ、こんなにようけ......」係長はため息ともつかないような声で言った。今朝、市の環境科に寄せられた苦情により検分に来たのである。
長さにすると十メートルほどの細長い空間が、きれいに草が抜かれ、土地を肥やすための土が入れてあった。そこに、整然と小粒なトマトが青々と育っていた。
「誰の迷惑になってるわけでもなし、こないなことに、なんでいちいち電話してくるんやろ。でも、この土地は市の所有地やから、無視する訳にはいかんな。さっそく、明日関本君に事に当たらせよか」係長はそうつぶやくとそそくさと係の作業車に乗り込んで走り去った。




