『第ニ話・2 : 女神が消えた日』
──そして怒号は王城をも揺るがしていた。
「死んだんだろ! そうなんだろ!」
「ごまかすなよ、城は何を隠してんだ!」
「リリア様を返せぇ!」
「生きてんのか死んでんのか、はっきりしろってんだ!」
城門を揺らす群衆。
誰かが泣き叫び、誰かが拳を突き上げ、誰かが喉を裂くように怒鳴る。
城壁の上では、答えを知る者だけが、口を閉ざしていた。
暴徒化は時間の問題だった。
──その頃、王城の内側では、すでに「次の手」が議論されていた。
「死んだって噂が……もう広まってます!」
「封印が……リリア様の中に封じられたザッハトルテの封印が揺らいでおります!」
「魔王軍が来れば……王都は持ちませぬ!」
声が飛び交い、広間は嵐のように荒れ狂った。
王は、死人のように血の気の引いた指で玉座の肘掛けを軋ませ、
その軋みを止められぬまま、しばし言葉を失っていた。
やがて、呻くように命じる。
「……死んだなどという言葉、
余が認めてなるものか」
その声には、王としての威厳よりも、
“縋りつくような拒絶”が滲んでいた。
「いいか、探せ。
必ず生きているはずだ。
この王都の隅々まで――
石の裏に潜む鼠一匹、影ひとつ逃さず探し出せ!」
「女神を失えば、この国は終わる。
いや……終わらせは、せぬ。」
その命が下された瞬間、王都は戦時さながらの厳重警戒体制に入った。
城門はすべて封鎖され、出入りの商人は一人残らず調べられる。
城壁の上には弓兵が倍増し、松明が夜を真昼のように染めた。
街路では巡回兵が二重三重に走り、鐘楼は休みなく警鐘を鳴らし続けた。
人々は足を早め、扉はいつもより強く閉められ、
王都全体が、音を立てぬまま肩をすくめているようだった。
夜警に立つ兵士たちも、不安を抑えきれなかった。
「なぁ……次に魔王軍が来たら……」
「終わりだろ……リリア様なしで勝てるもんか……」
「……でもよ、言ったら……終わりだ……
今は槍を握るしか……」
暗がりで交わされるその囁きは、松明の光よりも冷たく、街灯より寒々しく響いた。
城門では、泡を吹いて倒れた馬を捨て置いた隣国の使者が、衛兵の胸ぐらを掴んで絶叫していた。
「勇者をどこへ隠した! あの封印が解ければ、我らの国まで火の海だぞ!」
「勇者は! 本当にいないのか! 隠してるんじゃないのか!」
「戦が……戦が来るだろうが! こっちだって巻き込まれるんだぞ!」
周辺の都市国家もざわつき、
「封印が揺らいだなら……戦火は我らにも及ぶ……!」と恐怖を募らせていた。
「友誼はある。だが――女神がいない王都を、
どうやって信じろと言うのだ」
外交の場は混乱し、
友国ですら、疑念と焦りの声を隠せなくなっていた。
松明を掲げた群衆は、誰に教えられたわけでもなく、同じ名を呼びながら夜を巡っていた。
それは捜索でも、抗議でもない。
喪に服す儀式だった。
「死んだのではないか」という噂、封印崩壊の恐怖、次の戦に耐えられぬという諦念──
それらが折り重なり、祈りと嘆きと怒号の渦となって王都を呑み込み、やがて世界全体を揺るがす災厄の兆しへと変わっていく。
世界がこれほどまでに泣き叫んでいるというのに、星空はどこまでも高く、残酷なほどに美しく澄み渡っていた。
女神を失った世界は、それでも、何事もなかったかのように明日という朝を迎えようとしている。
そして朝が来た。
世界は、それを当然のように受け入れた。
ただ、夜の風だけが、主を失った無人のベッドを黙って冷たく撫でていた。




