後編
※残酷な描写あり※
ルルは真っ白な毛色で、右目が赤、左目が青の珍しい金眼銀目をしていた。母猫に似たとびきりの美人だったので、一番最初に貰い手が決まった。
ルルの飼い主になった女の人は指にルルの左目にそっくりな青い色の大きな石を着けていて、飼い主は「お前は奥様のところで可愛がられるんだぞ。」と笑っていた。
次に引取先が決まったのはララだった。一番最初に産まれて一番大きな体をした、黒毛で青目のララは、狩人の所で手伝いをするように言われた。
リリの行き先が決まったのはララとほぼ同時だった。どうやら黒いバッドリンクスは強いと言われているらしく、赤い目に黒い毛のリリは魔法使いのところで働くのだそうだ。
最後に生まれたロロは一番小さかった。小さくて小さくて、飼い主は頑張って生きるんだぞといつも言い聞かせていた。白くて青い目のロロは、とにかく精一杯生きて大きくなるように言われて育った。
レレは赤い目をした茶色の子猫だった。
バッドリンクスは茶色の毛をしているのが一番多いのに、この家では一番珍しい毛色であるのが不思議だとよく飼い主は言っていた。
ロロほどでは無いが他のきょうだいよりも一回り小さなレレは、狩人や魔法使いには選ばれず、ララとルルが引き取られた後もしばらく母とロロと三匹で暮らしていたのだが、飼い主が不思議な匂いのする袋を持って帰ってきたある日、その生活は一変した。
ロロはその匂いに怯えて母猫の所へと引っ込んだが、レレは嫌いな匂いではなかったので興味津々で嗅いだり噛んだりしていると、飼い主はレレのことをこねこねと捏ね回しながら微笑んだ。
「よし、お前の行き先が決まったぞレレ。」
どうやらこの匂いが平気かどうかが分かれ道だったらしい。
「薬屋の所だ。オレンジ色の猫はネズミをよく取るってお前をご所望してくれた。」
全身を揉みくちゃにされるのは気持ち良く、堪らない気持ちになって後ろ足で蹴り飛ばすと、飼い主は元気が良いなあと笑ってベロベロベロと変な声を出しながらまたレレの体を揉み込んだ。
「良かったなあレレ。いっぱいネズミを取るんだぞ。」
レレはこの匂いがする『くすりや』のところでネズミを取って暮らすことになるらしい。
こうしてレレも無事に行き先が決まり、飼い主はさっそくレレの受け渡しの準備を初めた。
小さな檻に入れられたレレは、母親とロロに最後のお別れを告げながら新たな門出にワクワクと心を弾ませていた。
形だけは人間によく似ているが、全然違う生き物だ。カビのような臭いのするそいつは、飼い主に挨拶もなく一方的に要求を突き付けた。
「バッドリンクスを売っていると聞いた。幾らだ。」
飼い主もそれが人間でないことはすぐに気が付いたらしく、レレの入ったカゴを自分の身体で隠すように立ち塞がった。
「すまない、もうみんな売れてしまったんだ。」
嘘である。
まだロロが残っていた。上の三匹がいなくなって乳をたっぷり飲めるようになったロロは、最近少しずつ大きく強くなっており、このままならロロもちゃんと独り立ちできるかもしれないと言っていたのを知っている。
だが飼い主は、それを告げずに固い声で嘘をついた。
二人はしばらくの間黙って睨み合っていたが、やがてカビの臭いが動いた。
飼い主の叫び声と共に血の匂いが充満し、突然の飼い主の危機に母が躍り出たが、男はその母すらあっという間に始末した。
母猫よりも強い生き物なんてレレはこれまで見たことが無かった。だが、今はそれどころではない。
檻の中に入っていたレレはただ叫ぶことしかできなかったが、母と飼い主を目の前で殺されて思わずロロが飛びかかる。それこそ男の目的で、男はロロを掴むと、レレの入っている檻の中にロロを放り込んで檻に布を被せた。
しばらくは二匹で威嚇を続けていたが、ガタガタと揺れる乗り物の音の方がよほどうるさく、喉も頭も痛くなってくる。
しばらくは頑張っていたのだが、結局疲労には勝てず、やがて二匹の意識は闇に沈んでいった。
顔を舐められて目を覚ますと、何故かそこにはララとリリとルルもいた。
混乱しながらも、五匹で身体を寄せ合いながら今までに起きたことを順番に説明し合った。
ララとリリはどちらも、飼い主と一緒にここに来たらしい。他にも魔獣を連れた人間が何人もいて、人間だけがどこかに連れて行かれたそうだ。
残った魔獣はまとめてここに押し込められ、この広いような狭いような空間で、とりあえずじっとしている。
ルルは、普段からカゴに入れられて色んな場所へと連れて行かれていたそうだ。だからその日のカゴがいつものカゴと違うことはさほど気にならなかったのだが、気が付いたらこの場所に連れて来られていた。
レレとロロが見た話を始めてから、ただ不安を抱えていただけの三匹の感情は明らかに変化した。母と飼い主が目の前で殺されたと聞いて、大人しくしていられる従魔は居ない。三匹は毛を逆立てて、その犯人を必ず八つ裂きにしてやると強く誓った。
一番ショックを受けていたのはルルだった。ルルの飼い主である奥様は、ルルはわたくしの宝物よと言いながら毎日高級なミルクをくれて、ルルのことをそれはもう可愛がっていたそうだ。
大金持ちの奥様が金で手放したとはとても思えず、騙されて自分が連れて来られただけならばまだしも、奥様も元飼い主のように殺されてはいないかと、泣きそうになりながら、いや、泣きながら怒っている。
ララとリリは、自分たちの飼い主は強いからきっと大丈夫だと言っていたが、それでも不安そうな表情は拭えない。
相手の目的が分からない以上、こうして五匹で固まってじっと我慢することしか出来ないのが歯痒かった。
広間には次々魔獣が投入され、中には入るなり暴れ回るる魔獣もいた。
そういうのは大抵が飼い主を持っていない魔獣で、他の魔獣にちょっかいを出して死ぬまで争ったり、どうやらまだ子猫で弱そうに見えるらしいレレたちに襲い掛かっては袋叩きにあったりしていた。
たまに飼い主のいる魔獣も暴れていた。入ってからはしばらく大人しかったのだが、ふとした瞬間に気が狂ったように暴れて暴れて、外に出ようと躍起になっていたのだが、それもすぐに疲れ果てて死んでいた。
扉はあるがどうやら一方通行のようで、入ってくる魔獣ばかりで出て行けそうにはない。
死んだ魔獣の肉は貴重な食物だった。
まず、ロロが死んだ。
一番小さくて一番弱いロロが、兄弟の中で一番最初に死ぬのは当然のことであった。そもそも、あのガタガタを耐え抜いてここまで来れたことが奇跡であった。
ロロを一欠片だってやるものかと四匹で分けて口にすると、他のバッドリンクスよりも何故かしょっぱい味がした。
そのうち外から魔獣が追加されなくなった。
理性的だった飼い主持ちの魔獣も空腹には耐え切れず、いつの間にか食うか食われるかの争いが始まっていた。
そんな中、レレたち四兄弟はずっと団結して狩りをしていた。
まず真っ白なルルが気を引いて、その隙に他の三匹で襲い掛かる。これは意外と効率が良く、何匹もの餌をこの方法で狩ることができた。獲物と認識していたルルと、いかにも強そうなララとリリに気を取られ、小さなレレは完全に意識の外に追いやっているので、その隙に喉笛を食い破るのだ。
ララが死んだ。
四兄弟を危険視した他の魔獣が徒党を組み、
囮をしていたルルの尻尾が食いちぎられ、そのまま身体まで喰われそうになった所を、一番強くて体の大きなララが庇い、自分を犠牲に三匹を逃したのだ。
ルルは尻尾だけで済んだ。だが、ララの身体は一口残さず持って行かれてしまった。
囮を使うのはやめた。
白くて目立つから囮になっていただけで、ルルだって十分戦える。
泥や血を擦り付けて白い毛皮をなるべく汚し、毛繕いもせず闇の中で紛れるように見た目を整えた。
美しいと褒められた長い尻尾は短くなったが、もう誉めてくれる人はここには居ない。もしも、もしもまた会えたなら、その時に、いっぱいいっぱいごめんなさいをすればいい。
壁を登って小さな窪みを見つけた時は、そこに溜まった水滴を三匹で平等に分けて舐め、眠る時は交代で眠った。
そしていつのまにか、その場所には三匹の他には誰もいなくなっていた。
隅から隅まで探し回ったが、それでも草一本生えておらず、もう食べれるものは、お互い以外に何も無かった。
リリが一匹で生き残るのは嫌だと泣いて、レレのお腹に顔を埋めた。
本来ならバッドリンクスは単独で生きる魔獣なのだが、産まれてから親兄弟に囲まれ、新たな飼い主の所では飼い主とその家族と共に過ごしていたので、リリはすっかり寂しがりになっていた。
やがてリリは泣き疲れてそのまま死んでしまった。
レレが起き上がって冷たくなったリリの身体に口をつけると、ルルは自分の方が身体が大きいから、餌にするなら多い方が良いだろうと呟いてリリを食べるレレをじっと見つめていた。
そしてある日「ママに会いたい」と呟いてとうとうそのまま起きなくなった。
レレは結局くすりやとは暮らせないままこんな事になってしまったので、自分だけの飼い主というものを知らない。
多分、ルルも最後の一匹になりたくなかったのだとその時ようやく気がついた。
そうしてレレは一匹残った。
最後のルルを毛一本も残さず食べ尽くしたその時である。
レレの体の色が変わった。
ララとリリの黒色と、ルルとロロの白色が混ざった三色の毛皮になって、体もぐっと大きくなった。
混ざったのは毛の色だけではない。記憶も四匹分が、いやそれだけではない。ここに集められた全ての魔獣の記憶が、魔力が溶け合って、力も今までとは比べものにならないくらい強くなった。
そしてその時、ずっと閉ざされていた部屋の扉が開いた。
まるで誘われるように出て行くと、そこは広い廊下になっていた。
大理石の床は美しかったが、生命の気配はひとつも存在しない。
やがてたどり着いた部屋では、一体の腐臭が豪華な椅子に腰かけていた。
人間によく似た形をしていたが、人間ではない。飼い主と母を殺した奴だとすぐに気が付かなかったのは、何故か頭にモヤがかかったようにぼうっとしていたからだ。
あの広間に満ちていたのによく似た、死とカビの嫌な臭いが鼻に付く。
金色の被り物を頭につけたソイツは、母猫を殺した時と同じように、レレに向かって手を伸ばした。
その指についていたのは、ルルのママがつけていた指輪だった。
目の前が真っ赤になって意識が飛んだ。
どうやら怒りに任せて暴れ回ったらしく、気が付けばその場にいた生き物は全部息絶えており、レレはまたひとりぼっちになっていた。
とても悲しかった。
どれだけ我を忘れても、ララとリリの飼い主が生きていたら、その二人だけは生き残るはずだった。けれどこの場所には、もう命は一つも残っていない。つまりそういうことだ。
飼い主は死んでしまった。ララの飼い主も、リリの飼い主もいない。ルルのママが奪われたのは、きっと指輪だけでは無いのだろう。帰る場所は無かったが、それでも未練のように産まれた家へと戻ると、なんと生き者の気配がしているではないか。
飼い主ではない、知らない人間がそこに居た。
知らない人間は覚えのある匂いをさせていた。たった一度嗅いだだけの、しかし決して忘れることなどない。ずっとずっと求めていたその匂い。
そこに居た人間はくすりやだった。
くすりやだ。レレのことを家で待っていてくれたんだ。
心の底から喜びが湧き上がり、そのまま家の中に飛び込もうとして、入り口の前でふと足を止めた。
水たまりに映った姿は、大きくて、黒くて、白くて、茶色い。
今のレレはくすりやの求めていた茶色の子猫ではない。いらないと言われたらどうしようと不安になって、毛を泥で汚してみたが、どうやっても昔のような綺麗な茶色にはならなかった。
帰るに帰れず家の周りでウロウロとしていたのだけれど、薬屋はレレをちゃあんと可愛がってくれて、すっかり大きくなっていた身体をこね回された。
レレはレイニーと名付けられて、くすりやの所でネズミを取って暮らせるようになった。
その上になんと飼い主は、狩人と魔法使いと、大きな指輪をつけた奥様まで連れて来てくれた。
レイニーの中には、ララとリリとルルとロロの記憶がある。懐かしい雰囲気を持つ人間は、まるで記憶にある飼い主のようで好ましい。狩人はジャーキーをくれるし、魔法使いは腹を吸うし、奥様は指輪で遊んでくれる。
他にも食べた魔獣の記憶が薄らと湧き上がることがあるのだが、薬屋の店先で転がっていれば寂しさは何となく解消された。
だって、子供も、大人も、年寄りも、男も女もレイニーを撫でていく。
飼い主たちに似た人間は大好きだし、あわよくばこの世の全ての人間に可愛がられたい。
もちろん、一番大好きなのは今の飼い主だ。
不思議な匂いをさせた若い男は、レイニーのことをとってもとっても可愛がってくれて、美味しいミルクもくれるし、ネズミを捕ったら褒めてくれるし、毎晩一緒に寝てくれる。
ある日、狩人と魔法使いが慌てた様子で家に来た。
難しいことは分からないが、どうやらなにか危険を知らせているらしい。三人とも不安そうな顔をしていて、レイニーを撫でる手も普段よりおざなりだ。
この辺りにレイニーより強い生き物はいないはずだが、昔のこともあるし心配だ。
まずは奥様の様子を見に行くことにしよう。
もう二度と失ったりはしないから。




