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エルシア学院

石畳を叩く規則正しい馬蹄の音が、静かな車内に響いている。 窓の外は、活気ある宿場町から閑静な住宅街へ。 そしてまた賑やかな市場へと、緩やかに景色を変えていった。


やがて遠景に、ひときわ存在感を放つ巨大な建築物が現れた。 ――エルシア学院。 アルヴェイン王国唯一の王立学院であり、今回の私の潜入先だ。


馬車を降り、見上げる校舎は窓越しに見た時よりもずっと威圧感に満ちている。 校門から正面玄関までは、白石の道が一点の曇りもなくまっすぐに伸びていた。


その門前に、落ち着いた佇まいの初老の紳士が立っている。


「ハロルドさん、お久しぶりです!」


足早に駆け寄ると、彼は優しく目を細めて微笑んだ。


「フィア、久しぶりですね。ずいぶんと成長したようだ」


彼は「論文の守護者」として長年学院に潜入しているが、立場上、外に出ることは滅多にないはずだ。 不思議に思う私に、彼は学院へと続く道を歩きながら理由を話してくれた。


「学院内の保管庫に、侵入者が現れ、論文が盗まれました。本来、我ら『アズリエ』の人間でもない限り侵入は不可能なはずなのですが……」


彼が告げた私の任務は二つ。 「学院の防衛強化」、そして――「仲間の監視」。


「……長官は、ハロルドさんたちのことも疑っている、ということですか?」


思わず声を沈ませると、彼は否定もせず穏やかに笑った。


「あくまで可能性の一つ。ですが、否定しきれないほど合理的な推論でもありますよ」


「……私は、信じていますから」


私の言葉に、彼は「ありがとう」と小さく笑みをこぼした。


そびえ立つ尖塔を見上げながら、彼は言葉を続ける。


「ここは国内の貴族が集う場所。……『不義の子』という立場を背負うあなたにとっては、少しばかり窮屈で辛い場所になるかもしれません」


案じるような声に、私は努めて明るく胸を張った。


「大丈夫ですよ。これまでどれだけの任務をこなしてきたと思っているんですか。それくらい、どうってことありません」


本校舎が目前に迫る。間近で仰ぎ見る石造りの建物は、圧倒的な威厳を放っていた。


「あなたの荷物はすでに寮へ届けてあります。二人部屋ですから、同室の子と仲良くなれるといいですね」


ハロルドさんの言葉に頷くと、彼は何かを思い出したように手を打った。


「そうそう、ラウラから伝言を預かっています。――『選択授業は剣術を選べ。たるんでいないか、私が直々に見てやる』……だそうです」


その瞬間、背筋に鋭い悪寒が走った。 「練習」という名の、あの地獄のような拷問しごきの日々が脳裏をよぎる。


「……っ、うう……」 思わず顔を伏せる私を見て、彼は困ったように苦笑した。


「まあ、学院の正式な授業ですから。昔ほど酷いことには……なりませんよ」


励ます彼の視線は泳いでおり、言葉には全く自信がなさそうだ。


「……精一杯、生き残る努力をします」


「ええ、応援していますよ。フィア、改めて――よろしくお願いしますね」


私は短く応じると、寮の方へと歩き出した。 石畳を叩く自分の足音。 背中には、ハロルドさんの穏やかで、けれどどこか寂しさを孕んだ視線が残っていた。

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