ep.73 不当利得の回収
Hailrakeが地を叩くと、床のタイルを突き破り数メートルの氷柱が逆巻く波のごとく迫る。
一郎は後退せず、ミニオンへ指示を出す。
「ゾンビ共、ボスへ突撃しろ! 守護者、Tank(肉壁)になれ!」
鈍重な4体のゾンビが咆哮し、氷の礫を受け止めながら肉薄する。
一体が凍結し砕け散るが、一郎は即座にDesecrateで新たな死体を供給。
その死肉を苗床にゾンビの再召喚とBone Offeringを上書きし、ゾンビ4体と守護者でDPSを限界まで引き上げた。
ボスの放つ冷気波動がミニオンを白く染め上げるが、骨の鎧を纏った軍団は退かない。
守護者が踏み込み、その巨躯に渾身の盾撃を叩き込んだ。
「よし、ボスがスタンしたぞ!今だ、全弾叩き込め!」
骨の破片と腐った肉が弾け、氷の外殻を物理的に削り取る。
凄まじい衝撃音がホールに反響し、Hailrakeの結晶体が、内部の熱量に耐えかねて悲鳴のような音を立てて軋み始めた。
憑依されて極限まで強化されたボスもミニオンの猛攻についに膝をついた。
Hailrakeの巨躯が、断末魔の叫びと共に激しく震動した。
亡霊の憑依によって無理やり維持されていたバフが崩れ、ラピスラズリ色の体表に無数の亀裂が走る。
「……決着の時だ。精算の時間だな」
一郎が指を鳴らす。
ゾンビ4体が同時に放ったMelee Splash Support(近接範囲攻撃補助)の一撃が巨神の胸部を貫くと、氷の肉体は轟音を立てて爆散した。
直後、ホールの静寂を破るように「音」が降り注いだ。
チャリン、という硬質な音。
金属が重なり合う鈍い音。
そして、魔力が弾ける高周波。
亡霊が溜め込んでいたバフの代償――膨大なPossessed_Lootが、まるで噴水のように死体から噴き出し、霜に覆われた床を埋め尽くしていく。
「くはは! 見ろ、このドロップのBonus Lootを! 亡霊にポゼス(憑依)されたネームドの配当は、伊達じゃないな」
黄色く光るレア装備、そして数々のカレンシー(通貨)。
その輝きの中に、ひときわ異彩を放つ赤褐色が混じっていた。
「その特徴的な色は……Uniqueアイテムか!」
一郎がドロップ品に意識をとられている隙をついて宿主を失い、逃げ出そうとする『Tormented Spirit(苦悶する亡霊)』。
「……逃がすわけないだろう。お前との『決着』がまだついていない」
一郎が冷たく言い放つと、待機していたゾンビたちが一斉に亡霊を包囲した。
実体のないはずの亡霊だが、死霊術の魔力で編まれた爪からは逃れられない。
ゾンビたちが亡霊を引き裂くと、亡霊の消滅とともに、一郎の視界に鮮烈なエフェクトが走り、システムログが爆発した。
【レベルアップ:Lv.52 達成】
【パッシブスキルポイント:1 獲得】
「……来たか。待ちわびたぞ、この瞬間を」
一郎の瞳に、狂気じみた愉悦が宿る。
一郎は短く息を吐き、網膜に表示されたパッシブスキルの通知を視界の端へ追いやった。
レベルアップの快感は脳を焼くが、今の彼が優先すべきは脳内に分泌されたアドレナリンの処理ではない。
「レベルアップの祝杯は後だ。まずはこのドロップ品の回収が優先だ。」
一郎は荒い呼吸を整え、無理やり投資家としての冷静さを取り戻した。
喜びで指先が震えているが、目の前にはオレンジ色の輝きを放つユニークアイテムが転がっている。
「安全を確保する前に祝杯を挙げるほど、俺はアマチュアじゃない。……まずは全てを回収し、安全圏でゆっくりとポートフォリオを組み直すとしよう」
血の匂いと冷気が入り混じるホールの中心で、一郎は欲望を理性に押し込め、静かに獲物の回収を開始した。
一郎は散乱するアイテムを横目に、当初の目的へと歩を進める。
粉砕されたHailrakeの背後にあった医務室の扉。
その中に、かつての文明の名残である『Medicine Chest(薬品箱)』が鎮座していた。
「……ようやく見つけたぞ。これがクエストアイテムだな。」
一郎は薬品箱を手に取り、その重さを確かめる。
窓の外、パシフィコ横浜の向こうには灰色の海岸線が広がっている。
「リスクは高かったが、リターンは十分。……さて、戻るとするか。安全な場所でお楽しみのリザルトチェックだ!」




