ep.70 迷宮の展示ホール
パシフィコ横浜の内部は嘘のように静まり返っていた。
かつて数万人のビジネスマンが最新技術を語り合った展示ホールは、今や天井から垂れ下がる巨大な蔦と、無造作に積み上がった瓦礫が作り出した巨大な「緑の監獄」だ。
「……展示会の準備中かと思えば、随分と前衛的な内装に変更されたようだな」
一郎は倒れた案内板を守護者の足で踏みつぶし、広大なホールの奥へと視線を向けた。
本来なら見通しが良いはずの空間は、倒壊した展示ブースのパーティションと異界の植物が複雑に絡み合い、視界を数メートル先で遮断している。
「ただ歩くのは時間の無駄だ。効率的なルートを算出するぞ」
一郎は目を閉じ、かつての記憶をサルベージする。
社畜時代、取引先の企業がここに出展するたびに嫌々足を運ばされた記憶が、今や貴重な「地形データ」として蘇る。
「……この位置なら、左翼にメインの搬入口があるはずだ。通常ルートは瓦礫で埋まっているが、大型機材を運び込むためのバックヤードなら、構造が強固でバイパス(近道)として機能する可能性が高い」
一郎はゾンビたちに指示を出す。
「前方のパーティションごと蔦を排除しろ。直線距離で左翼へ向かう。」
ゾンビたちがその怪力と範囲攻撃ジェムの暴力で障害物を爆散させながら突進を開始した。
かつて最新の『ITソリューション』を掲げていた企業のブースが、乾いた音を立てて粉砕され、道を塞いでいた植物が引きちぎられる。
「……ソリューションを売っていた場所で、暴力こそが唯一の解決策になるとはな。くははは、やはり暴力!暴力こそすべてを解決する!」
一郎は、ゾンビたちが切り拓いた最短ルートを悠然と進む。
迷路を真面目に解く気など最初からない。
ルールを無視して盤面を書き換えるのが、彼にとっての「攻略」だった。
だが、ホールの深部へ進むにつれ、空気が不自然に冷え込み始めた。
植物の青臭い匂いに混じって、どこか腐敗したような、あるいは凍りついたような異質な臭気が鼻を突く。
その時だった。
ゾンビたちがなぎ倒した展示パネルの向こう側、青白く発光する「何か」が、音もなく空中に浮かびながら一郎の視界を横切った。
「…………っ、今の光はなんだ?」
一郎が目を凝らすが、その影はまるで煙のように蔦の隙間へと消えていった。
同時に、周囲の物陰から「ギチギチ」と不快な節足動物が蠢くような音が響き始める。
「……不穏な気配が強まってきたな。どうやら、ここのダンジョンの主は客人を歓迎する気がないらしい」
一郎は周囲が冷たく震えるのを感じながら、さらに深く、緑の闇へと踏み込んでいった。




