ep.63 物理装甲とシステムの壁
検証を終えた翌朝、一郎は新宿の路地裏でクソガキを捕まえた。
ポッキーの最後の一箱を報酬として差し出すと、ガキは鼻を鳴らしながらも一郎の「要求」に耳を貸した。
「腕のいい整備工、か。……まあ、あいつらなら適任かもな。腕は確かだけど、性格は最悪だぜ?」
案内されたのは、闇市のメインストリートから大きく外れた不法投棄されたスクラップが山積みになっているバラックだった。
錆びた鉄板を繋ぎ合わせた急造のシャッターには、ペンキで『ガレージ・ガッツ』と殴り書きされている。
「システムで強化できないなら、物理的に継ぎ足すまでだ。……たとえそれが、この世界のルールから外れた『異物』だとしてもな」
一郎は背後に従えたゾンビの無機質な視線を確認し、迷わずその錆びたシャッターを叩いた。
中から聞こえてきたのは、金属を叩く激しい音とそれに負けないほど騒々しい女の笑い声だった。
「へえ、おっさんが新しいお客さん? 意外とガタイいいじゃん」
クソガキに案内された闇市の最奥。
オイルの匂いが染み付いたバラックの中で、一郎を迎えたのは場違いなほど露出度の高い金髪ギャル――ミカだった。
彼女は一郎の腕にこれ見よがしに胸を押し当て、吐息を吹きかけるように囁く。
「ねえ、あたしを指名してくれるなら、パパに安くするように言っといてあげるよ? ……どう?」
服からこぼれそうな柔らかな巨乳を一郎の体に押し付けて誘惑してくる。
並の男ならおもわず札束をその巨乳に差し込みそうな露骨なハニトラ。
だが、社畜で接待合戦を繰り広げてきた百戦錬磨の一郎は眉ひとつ動かさず、腕時計(電池の切れた高級品)に目をやる。
「……君のスキルが『営業』なら、落第点だ。社畜時代、この手の接待は飽きるほどこなしてきたんでね。無駄なリソースを割くのはやめて、早く親父さんを呼んでくれないか」
「ちょっ、待ってよおっさん! 今の、あたしの渾身のラブラブ光線だよ!? 心拍数とか一ミリも上がってないわけ!?」
一郎のあまりに冷淡な反応に、ミカは押し当てていた胸を引き剥がし、信じられないものを見るような目で彼を指差した。
普段ならどんな屈強な探索者でも、この距離で「接待」を仕掛ければデレデレと鼻の下を伸ばし、工賃の上乗せにも二つ返事で応じるはずだった。
「……君のその手のパフォーマンスは、社内の決算説明会で浴びせられる株主の怒号に比べれば、春先のそよ風のようなものだ。接待ゴルフのキャディの方が、よっぽど客の機嫌を取るのが上手いぞ。感情のリソースを割く価値を感じない」
「説明会? カブヌシ……? なによそれ、呪文!? っていうか、あたしを『キャディ以下』って言ったわね!? せめて『プロのキャディ級』くらいに言い直しなさいよ!」
地団駄を踏んで憤慨するミカを余所に、一郎は既に作業場の奥に鎮座する旋盤や溶接機へと興味を移していた。
ミカは自慢の金髪をわしゃわしゃとかきむしり、屈辱に震えながら一郎の背中に向かって叫ぶ。
「ああもう! この鉄面皮おっさん! あとでパパに言って、工賃に『ハニトラ無視料』を上乗せしてやるんだから!」
ミカが露骨に舌打ちして奥へ引っ込むと、代わりに巨大なレンチを担いだ頑固そうな老人、権蔵が現れた。
「……化け物を改造したいってのは、あんたか」
一郎は、背後に控えさせたゾンビを指し示した。
ガーディアンが装備を着こなして強化できるのであれば、ゾンビも物理的な外部装甲で補強できるはずだ。
それが一郎の立てた「システムの穴をついたHACK」の仮説である。
「このゾンビたちの肩と胸に、廃材の鉄板をボルトで直付けしてほしい。痛覚はないから、直接打ち込んで構わない」
「……狂ってやがる。だが、金さえ払うならやってやるよ」
権蔵の熟練した手捌きにより、ゾンビたちは次々と「重装歩兵」へと変貌していく。
一郎は満足げに頷き、強化されたゾンビに見上げた。
見た目は不気味だが、物理的な防御力は確実にアップした。……はずだった。
「……待て。一度、召喚を解除してやり直してみる」
一郎がスキルを再発動し、ゾンビを再召喚した瞬間。
地面から這い出してきたゾンビの体からは、先ほど打ち付けたはずの鉄板が跡形もなく消え去っていた。足元に転がっているのは、ボルトが引きちぎられ、無残にひしゃげた鉄板の残骸だけだ。
「……なるほど。再召喚されると、付着していた『異物』はシステムによってパージされるわけか。あくまで初期状態のデータが優先される、と」
再召喚のたびに工賃と材料費がかかる。
運用コスト(維持費)の面で、これは大きなマイナスだ。
一郎はさらに、足元に転がっていた鋭利な鉄筋を拾い上げ、ゾンビに持たせた。
装甲が可能なら武器の持参も可能なはずだ。
「……ん?」
だが、ここで奇妙な現象が起きた。
ゾンビは指示通り鉄筋を握りはするが、いざ「振れ」と命じると、まるで毒物に触れたかのように鉄筋を放り出してしまうのだ。
何度試しても、あるいはコンクリート片を持たせても結果は同じだった。
彼らは頑なに「素手」での攻撃に固執した。
「……そうか。これが『システムのタグ』による拒絶か」
一郎は、放り出された鉄筋を見つめながら冷徹に分析する。
『Animate Guardian』には、スキル特性として「装備を身につける」という定義がある。
だからこそ、ゲーム外の武具も自分の能力として組み込める。
対して『Raise Zombie』には、その定義が存在しない。
「システムが『武器』と認識していない物体は、攻撃動作の計算式への代入を拒否される……。装甲という『受動的防御』は物理法則で通るが、攻撃という『能動的アクション』はスキルの枠組みに縛られるわけか」
一郎は、顎に手を当てて思考を巡らせる。
物理とシステムの境界線。
この不自由さこそが、ハクスラの醍醐味だ。
「……だが、逆を言えば。システムの定義を『ハック』する方法さえ見つければ、この制限は突破できる。例えば――武器そのものをゾンビの一部として『召喚』する、あるいは……」
一郎の瞳の奥で、投資家特有のギラついた光が宿る。
未実装の機能を嘆くのではなく、ルールの穴を探す。
その思考こそが、彼を最強の投資家へと押し上げた原動力だった。




