ep.62 仕様変更(パッチノート)の検証
自室に戻った一郎は、闇市で仕入れた安価な合成酒の栓を抜いた。
石油のような臭いが鼻を突くが、今の彼にはこの刺激が必要だった。
コップ一杯の劇薬を煽り、アルコールが思考の潤滑剤となるのを待ってから、一郎は脳内のパッチノートを更新し始める。
「現実とゲームとの差が激しすぎる。一度、きちんと検証が必要だ。……まずは、最も重要な『バグ(神仕様)』から整理しよう」
第一に、ミニオンの持続時間だ。
ゲーム内でのスケルトンは、数十秒で土に還る「一時的なリソース」に過ぎない。
だが、現実は違う。
一度の魔力投資で、破壊されるまで働き続ける永続資産。
この一点において、ミニオンビルドは「減価償却が発生しない不動産」を手に入れたも同然の効率を叩き出している。
「さらに、命令の解像度も桁違いだ」
ゲームでは勝手に突っ込んで死んでいたミニオンたちが、現実では一郎の指示通りに動く。
重厚な盾を並べた完璧なフォーメーションを組み、死角を埋め、荷物を運ぶ。
指揮次第で戦術的付加価値をいくらでも上乗せできる点は、投資家の手駒として理想的と言えた。
「だが――それ以外のインフラが、あまりにも劣悪すぎる」
二杯目の合成酒を注ぎ、一郎は苦々しく吐き捨てた。
何より致命的なのは、セーフティネットである『Flask』の仕様変更だ。
敵を倒せば自動で中身が充填される魔法の瓶など、どこにも存在しない。
拾った小瓶はただの「使い捨ての薬」であり、リソース管理の難易度はゲームの比ではなかった。
「拠点の機能も全滅だ。クラフト台がないから、確実なMOD強化すらままならない」
おまけに、ドロップ率の渋さは絶望的だった。
敵を千匹倒しても、まともなジェムやレア装備など一本も落ちやしない。
唯一、少額の賄賂が小銭程度に手に入るのが、この世界の唯一の慈悲だった。
「そして、アセンダンシー(昇華)の不在……。誰も『ネクロマンサー』への道を知らない」
爆発的な能力ブーストをもたらす上位職が見当たらない以上、今の自分は「ただパッシブを振っただけのおっさん」だ。
未完成なポートフォリオを抱えたまま荒波に漕ぎ出さねばならないのだ。
「……フラスコなし、設備なし、上位職なし、ドロップも渋い」
一郎は、空になったコップを机に置いた。
ゲームの知識はあくまで『過去の指標』に過ぎない。
だが、絶望はしていない。
仕様の「歪み」がある場所には、必ず他人を出し抜くための裁定機会が眠っている。
「……ゲーム知識の賞味期限は切れた。ここからは、この理不尽な現実を『攻略』した者だけが利益を独占する番だ」
一郎は、静かにUIを閉じた。
深夜の新宿に、冷徹な投資家の笑みが静かに溶けていった。




