ep.60 強欲な買い付け
翌朝、一郎の部屋のドアを遠慮のない拳が激しく叩いた。
「おい、おっさん! 生きてんのか!?」
クソガキの呼び声とともに、一郎の新しい一日――「仕入れ」の時間が始まった。
一郎は重い腰を上げ、守護者に大きな背負い袋を持たせて部屋を出る。
駄菓子一袋で雇ったクソガキを先頭に、二人は新宿の廃墟を抜けて活気に満ちた闇市へと足を踏み入れた。
今回の目的は、ダンジョンで有用性を確認した「ポーション」の確保だ。
だが、市場を回る一郎の表情は次第に険しくなっていく。
「……ここも売り切れか。どういうことだ」
数軒前までは「気味の悪い色の水」として二束三文で買い叩けたはずの赤い瓶が、どこへ行っても在庫切れだという。
一般人には使い道すらわからないはずのガラクタが、なぜこれほど急速に市場から消えているのか。
一郎は拭い去れない不信感を抱きながら、手に入れたドロップ品を処分するため、馴染みのジャンク屋『死肉の牙』へと向かった。
「よお、おっさん。……今日もまた、妙なアンティークを山ほど持ってきたな」
店主の老人が、守護者がドロップした武具を値踏みするように眺める。
ここからは、投資家一郎にとっての真剣勝負だ。
少しでも高いレートで売り抜けたい一郎と端金で買い叩きたい店主。
互いの損益計算が火花を散らす、数十分の心理戦。
一郎は社畜時代に培った交渉術をフル回転させ、ようやく納得のいく額をぎりぎりで毟り取った。
「……ふぅ。強情な爺さんだ」
「へっ、これでも商売なんでな。……ところでよ、おっさん。最近、お前みたいな『妙な力』を使う連中が急に増えてるのを知ってるか?」
店主の何気ない世間話に、一郎の思考が止まった。
店主の話によれば、およそ二ヶ月前――一郎がシステムに目覚めたあの日から超常の力でモンスターを屠る人間たちが各地で確認されているという。
それらは組織化し、本格的なダンジョン探索を開始しているとのことだった。
「……覚醒者が、鬼塚たちのギルド以外にも存在したというのか」
驚きが脳内を駆け巡る。
だが、投資家としての本能はすぐに別の可能性を弾き出した。
競合相手の出現はリスクだが、それは同時にこれまで存在しなかった「市場」が形成される兆しでもある。
「……悪くない。流動性が高まれば、カレンシーの真の価値が決まる」
一郎は期待と警戒が入り混じった複雑な高揚感を抑え、『死肉の牙』を後にした。
ポーションの買い占め犯は、おそらくその新参の覚醒者たちだろう。
「……さらに情報収集をせねばな。競合相手の動向を掴むのは、基本中の基本だ」
一郎は闇市の喧騒の奥へとさらに深く分け入っていった。




