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ep.59 再投資の夜

NSビルのエントランスを抜けると、新宿の冷たい夜風が血の匂いに慣れた一郎の鼻腔を突いた。

崩れかけた都庁ビルが、月の光に照らされて墓標のように屹立している。

一郎は背後の守護者ガーディアンが担ぐ重い荷物の音を聞きながら、自分がまだ「生きて」この街に戻れたことを静かに噛み締めた。


「……九死に一生、か。あそこで保険(CWDT)が機能していなければ、今頃はビルの藻屑だったな」


ボロ雑居ビルの三階、自分の部屋に戻るなり一郎は泥のようにベッドへ沈み込みたい衝動を抑えた。

投資家に休息はない。

市場が閉まっている間にこそ、次なるポートフォリオを練る必要がある。

一郎は守護者ガーディアンに命じて、持ち帰った戦利品を床に並べさせた。


その中心で鈍い黄金の光を放つのは、一点の曇りもない『Chaos Orbカオスオーブ』。

この世界において、既存の価値を破壊し、新たな可能性を再構築する唯一の「通貨カレンシー」だ。


「……さて、どこにレバレッジをかけるべきか」


一郎は自らのUIウィンドウを開き、装備ステータスを睨みつける。

盾の『Bone Shield(骨の盾)』の全耐性をさらに伸ばし、防御の安定性を高めるか。

それとも、他の部位をリロールして、さらなる筋力(STR)の上積みを狙うか。

一度使えば消える消耗品だからこそ、その「一投」には人生のすべてが懸かっている。


「いや、焦る必要はない。資産の最大化には、まず足元のリソース確認からだ」


一郎は次に、十九階で拾い上げた「赤い小瓶」と「青い小瓶」を机に並べた。

システム上の「ライフフラスコ」ではない。しかし、一口飲めば傷が癒え、魔力が湧き上がる奇跡の液体。

一郎はふと、新宿闇市の喧騒を思い出した。


一般人パンピーどもにとって、これは『出所の怪しい毒々しい色の水』程度の認識のはずだ」


もし、このポーションを闇市で安く買い叩くことができれば。

自分にとっては命を繋ぐライフラインであり、他人にとってはただのガラクタ。

この「価値の乖離」こそが、莫大な利益を生む裁定取引アービトラージの正体である。


「……ふっ。中層を抜けた先には、もっと過酷な戦場が待っていると思っていたが」


一郎の口角が、不敵に吊り上がった。

ポッキーの空袋をゴミ箱へ放り捨て、彼はChaos Orbカオスオーブをそっと懐に収める。


「明日、闇市へ向かう。買い叩けるだけ買い叩いてやるとしよう」


一郎は久しぶりに、社畜時代には決して得られなかった深い眠りへと落ちていった。

その顔は、過酷な戦いを終えた戦士というよりは、巨額の利益を確信した強欲な投資家のそれであった。

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