ep.55 死体という名の負債
11階、静まり返った会議室。
一郎は、手に入れたばかりの『オフィスグリコ』の飴を口の中で転がしながら、UIウィンドウを睨みつけていた。
「……致命的なリスク管理の甘さだ。まさか、あんな初歩的なMODで全滅させられるとは」
脳裏に焼き付いているのは、爆発四散した4体のゾンビの姿だ。
PoEにおいて、死体はリソース(資源)であると同時に、敵にとっては最悪の爆弾となる。
死体を残すということは、足元に地雷を放置して戦うのと同じだ。
この「負債」を清算しない限り、中層以降の安全性は大幅に下がったままだ。
「……対策を打つ必要がある。だが、今はビルを降りて闇市に戻る時間は惜しい」
一郎は、12階を迅速に突破し、13階へと足を踏み入れた。
そこで彼を待ち受けていたのは、中層特有の異常現象——『Breach(異界の裂け目)』だった。
フロアのあちこちに、不気味に脈動する紫色の「手」のような亀裂が浮き出ている。
それに触れた瞬間、現実は侵食され、異次元から溢れ出したモンスターが群れをなして襲いかかってくる。
「モンスターレベルの高いブリーチか。リスクは高いが、ドロップの期待値も跳ね上がる。ここであのスキルジェムがドロップするといいが……」
13階、14階。
ここは各階にブリーチが出現するようだ。
一郎はブリーチから溢れ出す異形の軍勢を、残った守護者と再召喚したゾンビで必死に凌ぎ、その「核」を潰して回った。
ようやく到着した15階。
NSビルダンジョンもようやく半分踏破
これまでで最大級の「ブリーチ」が、オフィスフロアを紫色の闇で塗り潰した。
「……来たな。この階層のレアドロップを全て頂くぞ」
押し寄せる異界の騎士たちを、アイナーから学んだ「タンク(壁)」の重要性を意識した陣形で迎え撃つ。
激闘の末、ブリーチが閉じる寸前。
最後に倒したネームドモンスターが、一点の曇りもない青いジェムをドロップした。
「……これだ。探していた『解決策』だ」
一郎が手にしたのは、『Bone Offering』。
周囲の死体を消費し、一定時間ミニオンの盾による防御率(ブロック率)を劇的に上昇させ、さらに敵の攻撃を防ぐたびにライフを即座に回復させるスキル。
これがあれば、敵に利用される前に死体を消し去り、同時に「脆い資産」の耐久力を底上げできる。
リスクを排除しつつファーム運用の安定性を高める極めて合理的な解決策だ。
「次に、タンク役の不在……。アイナーのような都合のいいボランティアは二度と現れないと思った方がいい」
一郎は視線を静かに佇む「守護者」へと向けた。
今はまだジャンク品を纏った荷物持ちに過ぎない。
だが、これに「強力な装備」を投下すれば、唯一無二の不沈艦へと変貌する。
一郎は、以前から温めていた『重厚な鋼鉄の胸当て』を守護者に差し出した。
守護者がそれを手に取ると、鋼鉄の板が磁石に吸い寄せられるようにその体に同化し、鈍い金属光沢を放ち始める。
「よし……。これでライフとアーマーは底上げされた。死体を消し、守りで固め、守護者がすべてを受け止める」
4体のゾンビを再召喚し、陣形を組み直す。
11階での敗北を糧に、生存性と安定性に特化して最適化された一郎独自のポートフォリオ。
「……戦闘の隙は消した。探索を再開するぞ」
一郎は最後の一つになった飴玉を噛み砕き、さらなる深淵へと続く階段を見据えた。
15階を制覇し、中層の折り返し地点。
投資家としての冷徹さとハクスラプレイヤーとしての執念。
その両輪を回しながら、一郎の「効率」はさらに鋭く研ぎ澄まされていく。




