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ep.54 未知の脅威と異界の狩人(中層の洗礼)

新宿NSビル。

この巨大なダンジョンは、探索者の間では大きく三つの階層に区分されている。

1階から10階までの『浅層』、11階から20階までの『中層』、そして21階から30階とかつてのスカイレストランが位置した『深層』だ。


浅層が「ゾンビやスケルトンといった低級モンスターの密集地」であるなら、中層は「特殊なMOD(能力)を持つ精鋭種が徘徊する危険地帯」へと変貌する。

一郎は、11階のフロアに広がる埃っぽいオフィスを慎重に歩き、新しいファーム(稼ぎ)ルートの調査を開始した。


「……浅層よりモンスターの密度は落ちるが、一体あたりの経験値の質は高いな。効率は悪くない」


中層は、文明崩壊前のオフィスフロアがそのまま保存された変わり映えのしない風景が続く。

だが、その無機質な空間で、一郎は思わぬ「お宝」に遭遇した。


「これは……『オフィスグリコ』か」


かつての休憩スペースの片隅。

小さな木製の棚に、色褪せたチョコレートや飴、スナック菓子の一式が奇跡的に手つかずのまま残っていた。

オフィスグリコ——100円をカエル型の貯金箱に入れ、セルフで菓子を買う日本独自の福利厚生システム。


「現代において、保存の効く純粋な糖分は魔石以上の価値を持つカレンシーだ。闇市に流せば、これだけで数万Gにはなる……」


一郎は、飴玉一つを口に放り込み残りを収納袋に丁寧に詰め込んだ。

その時だった。


「ハッハッハ! 追放者エグザイルよ! 良い獲物の匂いがするぞ!」


唐突に背後から響いた爆音のような陽気な声に、一郎の肩が跳ねた。

振り返ると、そこには獣の皮を纏い、鳥を模した歪な仮面を被った男が立っていた。

背中には巨大な狩猟網と武器。

その全身から、一郎の苦手な「圧倒的陽キャ」のオーラが溢れ出している。


「私はアイナー! 今日は素晴らしい狩りの日だ! お前もそう思うだろう、追放者エグザイルよ!」


「……アイナー? いや、誰だあんたは。ここには私と鬼塚のギルドしかいないはず……」


「そんなことはどうでもいい! 見ろ、あそこに『レッド』の気配がする! 一狩り行こうぜ! 獲物の血は、最高の報酬だぞ!」


アイナーと名乗った男は、一郎の返事も待たずに中層の奥へと走り出した。

無視すべきか。

だが、彼の進む先には、一郎が調査しようとしていた未調査エリアがある。


「……チッ。勝手にペースを乱しやがって。だが、先行されてドロップを奪われるのはコストに見合わない」


一郎は渋々、ゾンビ軍団を引き連れてアイナーを追った。

到着したフロアの中央。

そこには、体中から赤いオーラを放つ異常発達した『レッドビースト』——巨大な変異狼が待ち構えていた。


「よし! アイナーが網を準備する間、お前は全力で叩け! 素晴らしい狩りになるぞ!」


「言われなくても……全軍、突撃!」


一郎の号令で、4体の重戦車ゾンビが狼に飛びかかった。

STR 500オーバーの暴力が狼を粉砕する——そう確信した瞬間。

狼が咆哮を上げ、足元に転がっていたモンスターの死体が、真っ赤に発光した。


(——マズい、あのMODは!)


【 MOD:Detonate Dead(死体爆破) 】


 ——ドォォォォォン!!


凄まじい爆発音と共に、一郎の足元にあった死体が連鎖的に爆発した。

PoEにおいて、ミニオンビルドに最も恐れられる天敵。

死体の最大ライフに比例したダメージを与える「死体爆破」が、一郎のゾンビ軍団を直撃した。


「なっ……!?」


一瞬で、自慢のゾンビ4体が血肉の塊となって消失した。

唯一生き残った守護者も、ライフの半分を削られ膝をついている。

狼が、無防備になった一郎に牙を剥いて飛びかかった。


(まずい……!?肉壁がいない。られる!)


「まだだ!アイナーが守ってやる! 強くあれ、追放者エグザイルよ!」


アイナーが咆哮と共に、狼の前に割って入った。

彼は驚異的な耐久力で狼の攻撃を正面から受け止めタンク役を引き受けた上、さらに奇妙な咆哮で狼の注意を自分に固定し続けた。


【 アイナーの支援:Damage Boost(与ダメージ増加)付与 】

【 アイナーの支援:Debuff(被ダメージ増加)付与 】


一郎の視界に、自分を強化するバフと敵を弱体化させるデバフのアイコンが並ぶ。

アイナーが狼を引きつけてくれている間に、一郎は即座に死体からゾンビを再召喚し陣形を立て直した。


「……助かった。畳み込め!」


アイナーのデバフにより、防御が薄くなった狼に新生ゾンビ軍団の拳が叩き込まれた。

最後はアインハーが投げた黄金の網が狼を包み込み、レッドビーストは爆発的な魔力へと還元された。


「ハハハ! 素晴らしい! これでお前の『網』も潤ったな!」


一郎は、荒い息を吐きながら床に座り込んだ。

もしアイナーがいなければ、今頃自分はレッドビーストの餌食になっていただろう。

ソロこそが至高、他人はコストでしかない。

そう考えていた一郎の脳内に、初めて「タンク役(壁)」の圧倒的な有用性が刻み込まれた。


「……アイナー、あんた。もしよければ、私の仲間にならないか? 報酬は保証する」


一郎は、柄にもなく他者を勧誘した。

だが、アイナーは仮面越しに笑い、豪快に首を振った。


「断る! 私は自由な狩人だ! 網がいっぱいになったら帰るのが私の仕事だ! ではな、追放者エグザイル! 強く、もっと強く生きろ!」


アイナーは陽気な笑い声を響かせながら、虚空に開いた亀裂へと姿を消した。

残されたのは、静まり返ったオフィスフロアと手に入れたばかりの甘いお菓子。


「……あっさり断られたか。あまり興味を持たれなかったようだな。」


一郎は苦笑し、再び立ち上がった。

中層の洗礼は、想像以上に過酷だった。

だが、彼は確信した。

今のままでは足りない。

さらに効率を、さらに暴力を、そしてさらなる「備え」を。


一郎は、溶けかけの飴玉を噛み砕き、暗い中層の奥へと再び足を踏み出した。

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