ep.52 期待値の追求(配当としての経験値)
新宿、NSビル。
かつては数多の企業が居を構えたその巨塔は、今や「動く資源」が徘徊する巨大な垂直型採掘場と化している。
一郎は建物の前に立ち、錆びついた回転ドアを見上げた。
「……さて。今日のノルマはレベルアップだ」
現在のレベルは48。
目標のSTR 500まで、あと25。
この「25」という溝を埋めるには、装備のさらなる更新よりもレベルアップによるパッシブポイントの獲得が最も確実な最短距離となる。
一郎が指を鳴らすと、背後の暗がりに控えていた「軍団」が音もなく進み出た。
4体のゾンビ。
そして、一郎が背負っていたジャンク品を身に纏い、歪な姿で自立する荷物持ち――「Animate Guardian(守護者)」。
合計5体の自慢の召喚軍団だ。
その姿は、昨日までとは明らかに異なっていた。
「……『The Baron』、これほどまでの出力か」
一郎が被る髑髏の兜は、無慈悲なシステムを介して一郎のSTR 475という数値の「半分」をミニオンたちに強制転写している。
MOD:プレイヤーの筋力の半分がミニオンに加算される
ゾンビたちの腐った皮膚の下では、異常発達した筋肉が鋼鉄のように硬化し、爪は重機のように鋭利に研ぎ澄まされていた。
STRの上昇に伴う「物理ダメージ増大」と「最大ライフ上昇」が、彼らをただの動く死体から制御不能の「重戦車」へと作り変えたのだ。
「全軍、突入。一気に蹂躙しろ」
1階ロビー。
かつての受付カウンターを乗り越え、低級モンスターである「ハングリー・デッド」の群れが襲いかくる。
かつての一郎なら、距離を取り、リソース消費を気にしながら慎重に処理していた相手だ。
だが、今の「軍団」は違った。
先頭のゾンビが、向かってくる敵の頭部を「撫でる」ように薙ぎ払った。
それだけで、敵の肉体は過剰な物理ダメージに耐えきれずトマトのように弾け飛ぶ。
守護者が巨大化した盾を叩きつければ、衝撃波だけで数体の敵が壁にめり込みそのまま絶命した。
圧倒的。
まさに蹂躙だ。
「……DPSが昨日までの3倍以上だな」
一郎は戦場を歩きながら、ドロップしたカレンシーや微かな熱量を持つ魔石を拾い集める。
かつての社畜時代、終わりの見えない残業に身を削っていた時、一郎はいつも「効率」を求めていた。
だが、どれほど効率を上げても増えるのは上司の賞賛と無慈悲に追加される他人の尻拭いだけだった。
しかし、今は違う。
効率を上げれば上げるほど、それは「経験値」という名の直接的な果実として、一郎の血肉に蓄積されていく。
5階、8階……。
上層へ上がるにつれ、モンスターの密度は増し、攻撃も苛烈さを増していく。
だが、STR 475を背景にしたゾンビたちのライフ(耐久力)は、並大抵の攻撃では1ポイントも減りはしない。
「いいぞ……。これがハクスラの醍醐味だ」
破竹の勢いで到着した10階、エグゼクティブ・ラウンジ跡。
一郎は、二時間足らずで十階までの全フロアを「掃討」し終えたゾンビたちを眺め深く満足した。
かつてこの場所でコーヒーを啜っていたエリートたちですら、これほどの生産性を上げたことはないだろう。
その時、一郎の視界の端でついに待ち望んでいた瞬間が訪れた。
『——Level Up. Level 49 reached.』
脳内に直接響く、至高のファンファーレ。
一郎は即座にUIを開き、パッシブツリーの「最短経路」にあるSTRノードへ、得られたばかりの1ポイントを叩き込んだ。
【 STR:485 】
「……あと15」
次の一歩が、もう見えている。
一郎は次のフロアへ続く非常階段を見つめた。
社畜時代の残業は苦痛でしかなかったが、この「残業」なら夜が明けるまで続けてもいい。
「次のフロアだ。……ドロップ品の期待値も上げていくぞ」
一郎の瞳には、社畜時代のかつての死んだ魚のような光はない。
それは、確実に資産を増やし目標に向かって突き進む冷徹な勝利者の眼差しだった。




