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ep.51 損益分岐点の向こう側――再投資とビルド構築

新宿。

かつては不眠の街と謳われたこの場所も、今や錆びた鉄骨と悪臭が漂う「棄民」たちの溜まり場だ。  一郎は使い古されたトレンチコートのポケットの中で、スマートフォン型端末に表示された数字を見つめていた。


残高:330,000 G


一郎にとってもひさびさの大金だ。

だが今はビルド構築用の単なる軍資金に過ぎない。


「……さて。投資に見合うだけの成果を上げなくてはな」


一郎が足を踏み入れたのは、ジャンク屋『死肉の牙』。

店内には、出所不明の機械部品やモンスターの乾燥した内臓、そして「ただの綺麗な石」が雑多に積み上げられている。


「……あァ? またアンタか」


店主の男が、血走った眼で一郎を睨む。

一郎は表情を一切変えず、慣れた手付きで店内の隅にある「ガラクタの山」を漁り始めた。

目的のブツは、すぐに視界(UI)が捉えた。


『Orb of Regret(後悔のオーブ)』


白く、苦悶の表情を浮かべた顔が彫り込まれた奇妙な石。

覚醒者エグザイルにとっては「過去を書き換える(パッシブの振り直し)」ための至宝だが、この世界の住人には、不気味な細工が施されたただの端材にしか見えない。


「店主。この変な彫り物の石、いくつかまとめて貰っていく。……棚の肥やしにするよりはいいだろ?」 「ケッ、物好きが。そんなもん、一つ1000Gでいい。さっさと持っていきな」


一郎は内心の歓喜を、社畜時代に培った鉄のポーカーフェイスで覆い隠した。

1000G。

本来なら天文学的な価値があるアイテムが、ここでは牛丼特盛一杯分(※崩壊前価格)の値段で売られている。


一郎は26個を、あたかも「他にも欲しいものがあるついで」を装いながらピックアップし合計2万6000Gを支払った。

一度に大量に買いすぎれば、この疑り深い店主に「価値がある」と感づかれる。

情報の非対称性こそが、ハクスラにおける最大の武器なのだ。

店主はホクホク顔で端末を操作している。


(ガラクタを押し付けたつもりなのだろうが笑わせる。無知という名のコストを支払っているのは、そちらの方だ。)



ボロ雑居ビルの3階。

帰宅後、一郎は『Orb of Regret(後悔のオーブ)』を一つ、また一つと自分の額に押し当てていく。

そのたびに、脳内の回路が焼き切れ、再構築されるような衝撃が走った。


「ぐっ……、何度やっても、この痛みには慣れんな……」


これまで生存のために割り振っていた『Mind Over Matter(精神が肉体を凌駕する)』のノードが消滅し、雷耐性のパッシブも削ぎ落とされる。

今の自分は、一時的に防御力がスカスカの状態だ。

だが、これこそが「期待値」を最大化するための必要なリスク。


「現在のSTR(筋力)は280……。パッシブだけではこれが限界か」


目標は500。

「The Baron(男爵)」 の真価を引き出すためには、あと220の積み増しが必要だ。

一郎は手元のノートに、必要スペックを書き出していく。


【ビルド再構築・目標メモ】

・STR:残り+220(ゾンビ増員とライフ吸収の解放に向けた準備)

・全属性耐性:+40%以上(防御の最低ライン)

・マナ消費:召喚時のみ(MOM解除によりリソース管理を簡略化)


「……よし。手持ちの33万G強、すべて『装備アセット』に突っ込む」


再び訪れた新宿の闇市。

一郎の瞳は、一般人には見えない「数字」を求めて露店をスキャンし続けた。


一つ目の獲物は、ひどく刃が欠けた見るに堪えない剣だった。


「おい、兄ちゃん。その剣はもうナマクラだ。飾りにもならねえぞ?」

「……いや、いい。握り心地が気に入った」


一郎の視界にはこう映っている。


『Rusted Sword(錆びた剣) / STR +75 (Corrupted)』

※Corrupted:二度と加工できない代わりに、異常な数値を叩き出す呪いの強化


攻撃性能はゴミだが、ステータス補正だけが異常に跳ね上がった「歪な傑作」。

10万Gを払い、一郎はそれを背負った。


次に、謎の巨大な骨を削り出した盾。


『Bone Shield(骨の盾) / 全耐性 +20% / STR +35』


店主は「呪われているかもしれない」と怯えていたが、一郎に言わせれば「全耐性が稼げる優良物件」だ。15万G。


さらに、薄汚れたヘビーベルトを5万Gで。


『Heavy Beltヘビーベルト / STR +35 / 火炎耐性 +30% / 雷耐性 +20%』


最後に、古びた真鍮の指輪を3万Gで競り落とした。


『Brass Ring(真鍮の指輪) / STR +50 / 冷気耐性 +20%』


周囲の非登録市民たちは、一郎が「ゴミを大金で買い漁る狂人」にでもなったかのような目で見ていた。  

だが、彼らには見えていないのだ。

この汚いジャンクが、どれほどの性能を叩き出しているのかを。


帰宅した一郎は、装備一式を身に纏いステータス画面を更新した。


「計算結果は……」


STR(筋力): 475


炎耐性: 50%


冷気耐性: 40%


雷耐性: 40%


「……ちっ、あと一歩、届かなかったか」


目標のSTR 500まで、あと25。

現状では 「The Baron(男爵)」 によるゾンビの最大数増加(500ごとに+1)という最大の恩恵には、わずかに手が届いていない。


「だが、耐性は以前より格段に安定した。これなら、より難易度の高いエリアで『経験値(配当)』を稼げる。……不足分の25は、レベルアップで補えばいい」


一郎は、窓の外にそびえ立つ、霧に包まれた東京都庁ビルを眺めた。

あそこには、まだ見ぬ強力なジェムと、莫大な富が眠っている。


「……損して得取れ、だ。まずはNSビルダンジョンを攻略する」


一郎の口角が、わずかに上がる。

それは社畜時代には決して見せることのなかった、冷徹なギャンブラーの微笑だった。

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