ep.50 投資家の鑑定眼と黄金の牛丼
新宿駅東口、崩壊した駅ビルと百貨店の間に築かれたバラック街——『新宿闇市』。
ネオンの毒々しい光と合成肉を焼く油の臭いが立ち込める中、一郎は「動く金庫」を引き連れて闊歩していた。
背後のデパート地下階からは、時折モンスターの咆哮が響いてくる。
かつての「デパ地下」は今や食人鬼たちが跋扈する高難度ダンジョンと化しており、入り口となる階段やエスカレーターの跡地は、旧文明の重厚な防爆シャッターによって厳重に封印されていた。
その鉄の境界線からわずか数メートルの場所に位置するこの闇市は、命がけで資産を回収してきた「非登録市民」たちの唯一の休息地でもあった。
「おい、そこの旦那。いい荷物を持ってるな」
呼び止めてきたのは、歯が数本抜けたニヤケ面の男だ。
ジャンク屋『死肉の牙』の店主である。
「その鉄クズ(UPS)と、時代遅れのキーボード……まとめて50,000Gでどうだ? 持っていても重いだけだろう」
「……50,000Gだと?」
一郎は眉をひそめた。
旧文明の高級メカニカルキーボードが30000Gで売れる可能性は知っている。
だが、この巨大なUPS(無停電電源装置)の相場がわからない。
旧文明の電力インフラは、今の上級国民たちが喉から手が出るほど欲しがる希少品のはずだが適正価格が弾き出せない。
(足元を見られているのは明白だ。だが、他に販路がない以上……)
一郎が妥協しかけたその時、背後から鼻で笑うような声が響いた。
「プッ、おっさん、マジ? その『2000クラスの純銀結線UPS』を50,000Gで売るの? 街のゴミ箱に捨てたほうがまだマシだよ」
振り返ると、そこにはフードを深く被った小柄なクソガキが立っていた。
「なんだ、クソガキか。商売の邪魔をするな」
「商売? 笑わせんなよ。そのおっさんの言い値は、上級国民が払う額の十分の一もいってないぜ。……おっさん、俺に飯を奢るって約束するなら本当の『鑑定眼』を持った店を教えてやってもいいけど?」
一郎の投資家としての勘が、このガキを「ただの浮浪児」ではないと告げていた。
身のこなし、そして何より、一般人が一生目にすることのない最高級インフラの型番を一目で見抜いた知識。
「……いいだろう。案件成立だ。店を案内しろ」
ガキに連れられて向かったのは、闇市の最深部、看板すら出ていない重厚な防爆扉の先だった。
そこは『アンティーク・インフラ・ソリューションズ』。
上級国民向けのインフラ設備を専門に扱う、浮世離れした清潔感のある店だった。
「……ほう、これは素晴らしい。特にこの型落ちのキーボードの保存状態、実物の未開封UPS。新政府の議会が予備電源として探していたものです」
店主の提示した額は、一郎の想像を遥かに超えていた。
型落ちのキーボード42枚とUPS、諸々のパーツを合わせて、総額350,000G。
悪徳商人の提示額の実に7倍である。
「……フン、妥当な評価額だな」
一郎は内心の動揺を隠し、冷静さを装って決済を終えた。
新たな売却先の伝手まで確保できたのは、金額以上の収穫だ。
店を出た後、約束通りガキを連れて、市場で最も「まともな」暖簾を掲げる店に向かった。
一郎が注文したのは、壁に貼られたメニューの中で一つだけ桁が違う料理。
「——『天然本牛肉使用・特製牛丼』を二つ。合成肉(大豆パテ)は混ぜるなよ」
「……っ! マジで!? 本物の牛かよ!」
クソガキの目が、初めて子供のように輝いた。
運ばれたのは、一杯10,000Gの黄金の牛丼。
一口食べた瞬間、クソガキは「……ふん、まあまあな味かな」と生意気な口をきいたが、その手は止まらず最後の一粒までかき込んでいた。
「……お前の知識、どこで仕入れたものかは聞かないが、まあ悪くない情報だったぞ」
「へへっ、おっさんもね。……また良い物拾ったらあの店に行きなよ。俺への紹介料も忘れないでさ」
クソガキは満足げに腹を叩き、人混みの中へと消えていった。
一郎は残った牛丼の脂の乗った肉を一切れ口に運ぶ。
10,000Gの重み。
それは、一郎が地獄のようなビルで「資産回収( ハックアンドスラッシュ)」をやり遂げた証だった。
「……美味いな。スマイルよりも、ずっと価値がある」
一郎の財布は今、かつてないほどの熱を帯びている。
次なる投資先は決まっている。
STR 500への全力投資だ。




