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ep.45 闇市のグレーマーケット

新宿の路地裏。

かつてネオンが不夜城を彩ったその場所は、今や「政府の検閲」と「絶望」が停滞する巨大なゴミ溜めへと変貌していた。

都庁の片割れはへし折れ、断面から垂れ下がる巨大なシダ植物が、風に吹かれて不気味な音を立てている。


一郎は、プラスチックを焼く悪臭と排泄物の匂いが混じった空気を吸い込み、闇市の雑踏へと足を踏み入れた。

路地には、ボロ布を纏った街娼たちが虚ろな目で座り込んでいる。


「……一口。その串、一口でいいから……」


痩せこけた手が一郎のコートを掠める。

彼女たちの稼ぎでは明日の配給チケットを買うには絶望的に足りないのだろう。


「……悪いな。今の私には、情けを売るほどの財布の余裕はない」


一郎は目を逸らし、露店の一角にある串焼き屋へ向かった。


「合成肉を一本」


一郎が端末をかざすと、店主が忌々しげに鼻を鳴らす。


「800Gだ。嫌なら向こうの配給所に並びな、三日待てばどぶ水みたいなスープが飲めるぜ」


800G。

一日中死線を潜って稼ぐ6000Gの約13%がこの不純物だらけのタンパク質に消える。

社畜時代なら目もくれない産業廃棄物だが、今の身体にはこれが唯一の燃料だった。


獣臭い串を噛み締めながら、一郎は露店に並ぶガラクタの山に目を光らせる。

社畜時代、新興国のスクラップ業者と鉄屑の含有率を巡って怒鳴り合った経験が、一郎の網膜に鋭いフィルターをかける。


(……ゴミだ。これなどは、産業廃棄物の極致だ。……待て)


露店の隅、泥にまみれて転がっている未鑑定の「Heavy Amulet(重厚なアミュレット)」に、一郎の足が止まった。

変色し、血がこびりついている。


「それか? 昨晩、路地裏で凍死してた浮浪者の首から引きちぎったもんだ。中身は分からねえが、ベースは良い。15,000Gだ」


15,000G。

日給の2.5倍。

未鑑定品へ博打に投じるにはあまりに高額だ。

だが、このくすんだ輝き、手に取った時の指に食い込む「重み」。

一郎の勘が、これは「当たり」に違いないと囁いていた。


「……未鑑定のガラクタに15,000Gだと? 冗談はやめろ。13,000Gにしろ」

「……チッ、世知辛い野郎だ。いいだろう、持ってけ」


店主は忌々しげに頷いた。

一郎は震える指で端末を操作し、日給数日分という大金を「送金」した。

全財産を叩き、浮浪者の体温が残っていそうな首飾りを奪い取るように手に入れる。

一郎は懐から手持ちの最後の一枚だった鑑定スクロールを取り出した。

これ自体も安くない資産だ。

祈るような心地で翳すと、まばゆい光が泥を払い、鑑定結果が虚空に浮かび上がる。


【Heavy Amulet / STR +30】


「……よし! 当たりだ、最高値だ!」  


思わず声が漏れた。冷たい金属が首に触れる。

その瞬間、身体の奥底から力が漲るのを感じた。


「全財産をビルドに有効な『筋肉(STR)』にできたか。しかし、ハラハラさせやがる。社畜時代にも給料日前にこれほど無茶な投資をしたことはなかったな」


一郎は自嘲気味に笑い店を後にする。

ふと、焚き火を囲む浮浪者たちの会話に耳を貸した。


「知ってるか?……NSビルダンジョン1Fの主、マック・ドナルド・Wバーガー。ありゃあ生前、ハンバーガー屋の店長だった男だ。エリアマネージャーのパワハラで限界を超え、不眠不休のシフト表を握りしめたままゾンビになりやがった」

「今でも『スマイル0円』とか呟きながら、侵入者の手首を揚げて『ハッピーセット』の箱に詰めてやがる。2階に行きたきゃ、あの狂った店長の視界に入らないことだぜ……」


一郎は冷めた肉の串を飲み込んだ。


「店長か……。社畜の末路がそれなら、私はそのファッキン ブルシットジョブごと殲滅してやるまでだ」


残高表示は、もはや端数しか残っていない。

だが、首にかかった「STR+30」の重みは、何よりも一郎の心を安定させていた。

一文無しになった男は、再び獲物が待つ新宿の「戦場」へと歩き出す。

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