ep.44 二日酔いのポートフォリオ
三日後。
一郎は、カビ臭い布団の中でようやく意識を浮上させた。
頭を割り、喉を焼くような不快感。
安物のエタノールを色付けしただけの合成酒の代償は重い。
「……うっぷ、死ぬな、これは」
胃の中からせり上がってくる後悔を飲み込み、一郎はよろよろと起き上がった。
三日間、ふて寝と飲酒を繰り返したせいで、頭脳は腐敗寸前。
だが、二日酔いの鈍痛が、皮肉にも一郎の冷徹な思考を呼び覚ましていた。
煤けたコートを羽織り、リハビリを兼ねて新宿の外れにある「闇市」へと足を向ける。
そこは、次元の裂け目から溢れ出した異界の「遺物」を、命知らずの連中が売り捌く欲望の掃き溜めだ。
鉄錆と出所不明のスパイスが焦げる匂い。
発電機の唸る音。
血のついた鎧を平然と並べる露天商とそれを値踏みする傭兵たちの怒号。
「……ガスボンベ、か。ふふ、笑えんな」
雑踏の中、一郎は自嘲した。
極限の資金難に焦り、厨房から拾ったプロパンをゾンビに背負わせ、自爆。
社畜時代、無理な納期を現場の力技で解決してきた成功体験が、最悪の形で裏目に出た。
「私は何を焦っていたんだ。ハクスラにおいて、感情で動くのは『カモ』のすることだというのに」
一郎は闇市のベンチに腰を下ろし、安物の泥水のようなコーヒーを啜った。
視線の先では、胡散臭い商人が、STR(筋力)の要求値が高すぎて誰も手を出さない重装備を叩き売っている。
(……そうだ。STR(筋力)だ)
一郎は、懐に隠した不気味な骨の兜を指先でなぞった。
MOD:プレイヤーの筋力の半分がミニオンに加算される
これまでは、この装備がもたらす「圧倒的な数の暴力」という目に見える効果ばかりを夢見ていた。
だが、The Baron(男爵) にはもう一つの特徴的なMODがついていた。
この三日の泥酔で一郎は一つの真理に辿り着く。
「……1ポイントの重みを軽視し過ぎていた」
慎重すぎる性格ゆえ、ずっと使わずに寝かせておいた自分自身の「成長の余地」。
それを、特定の閾値に達するまで出し渋っていた。
だが、今の仕様(理)を冷静に分析すれば、わずかな筋力の向上が、そのまま使役するゾンビの拳の重みに直結するはずなのだ。
一郎は、喧騒の中で目を閉じた。
脳内で、今まで「バッファー(余剰分)」として凍結していた成長ポイントを、すべてSTR(筋力)の項目へと流し込んでいく。
20箇所のノードが一気に点灯する。
これで余剰のパッシブポイントは0だ。
瞬間、一郎の背筋がわずかに伸びた。
血管を流れる血が、鉄を含んだように重く、熱く変化する。
召喚数は増えずとも、次に呼び出すゾンビの腕力は、以前とは比較にならないほどの質量を纏うだろう。
「……ふう。少しは血の巡りが良くなった」
コーヒーを飲み干し、一郎は立ち上がった。
周囲の喧騒が、先ほどよりも明晰に聞こえる。
「さて……いつまでもゴミ溜めで酔い痴れている暇はないな。再始動を始めるとしようか」
一郎は、怪しげな合成肉の串を一本買うと、再び新宿の不夜城へと歩き出した。
その足取りには、三日前までの迷いは消えていた。




