ep.43 爆損という名の強制決済
もはや数日の食費しか手元に残っていない。
一郎は、1カレンシーも見逃さない修羅の形相でNSビルの1階ロビーを徘徊していた。
装備が弾かれたなら、代わりのリソースを現場で調達するまでだ。
「……生体適合性がないなら、背負わせるだけでいい」
一郎が目をつけたのは、放置されたカフェの厨房から転がってきた「業務用プロパンガスボンベ」だった。
これをゾンビの背に無理やり背負わせ、Animate Guardianを発動させる。
4体のゾンビがそれぞれ錆びたボンベを背負い、手に鉄パイプを握る「歩く不法投棄爆弾」へと変貌した。
「行け。軍資金を溶かした分は、貴様らの肉と……その鉄塊で稼ぎ出せ!」
ロビー中央に渦巻く次元の裂け目「ブリーチ」を強引にこじ開ける。
溢れ出す異形の群れ。だが、4リンクのMelee Splash Support(近接範囲攻撃補助)を得たスクラップゾンビ部隊は、凄まじい効率で敵を粉砕していく。
(……いける。この回転率なら、今日中に黒字に転換できる!)
一郎が勝利を確信した、その時だった。
裂け目の奥から、空間を凍てつかせるような冷気を纏ったブリーチロード(次元の支配者)が降臨した。
「チッ……このタイミングでロードか……!」
圧倒的な質量と冷気の乱舞に、ゾンビたちのライフが削られていく。
一進一退の攻防。
だが、乱戦の中でブリーチロードが放った火花の礫が、一体のゾンビが背負ったボンベの亀裂に吸い込まれた。
「……シュ、シュウゥゥ……」
不吉な排気音が、静まり返ったロビーに響く。
「待て、よせ! リンクしてるんだ……! 一体が逝けば、伝鎖反応で……ッ!」
一郎が叫ぶより早く、その瞬間は訪れた。
ドォォォォォォン!!
NSビルの1階を揺るがす、凄まじい大爆発。
プロパンガスと魔力が誘爆し、4リンクの魔力ラインを伝って全てのボンベが連鎖的に火を噴いた。
爆風の直撃を受けたブリーチロードは、断末魔を上げる暇もなく粉砕される。
……数分後。
煙が晴れたロビーには、何一つ残っていなかった。
「……あ? ドロップは? 私の……私の戦利品はどこだ?」
本来落ちるはずだったレアアイテムも、必死に集めたカレンシーも、全てが大爆発の熱量で消滅していた。
そこにあるのは、煤けた4リンクの革鎧を抱えた無一文のおっさんだけだ。
「……はは、ははは……全損だ。完全なる、マージンコール(強制決済)じゃないか……」
深夜。
新宿の外れにある、壁の薄い雑居ビル3階。
一郎は、合成肉の油ですらなくなった胃を抱え、冷え切った自室の布団に潜り込んだ。
カレンシーはゼロ。
ゾンビも全滅。
手元に残ったのは、何の役にも立たない「4穴の空いた革のゴミ」だけ。
「……クソゲーすぎるだろ……」
一郎は、天井のシミを見つめながら独り言を漏らすと、現実逃避するように目を閉じた。
「……とりあえず、寝るわ。また、昼頃な……」
一郎の意識が深い闇に沈む中、窓の外では新宿の不夜城が変わらぬ無機質な光を放っていた。




