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ep.42 現実は常にクソゲー

新宿の闇市。

立ち並ぶ露店の熱気と合成肉の焼ける香ばしい匂いが漂う中、一郎は久々に「まともな食事」を摂っていた。

隣ではクソガキが山盛りの牛串をこれでもかと頬張っている。


「おい、おっさん! 本当に奢りなんだな? 後で金払えとか言わないだろうな?」

「……今の私は機嫌がいい。それに、これは勝利の前祝いだ」


一郎は冷めた目でクソガキを見ながら仕入れた情報を反芻する。

一つ、NSビル周辺には、先の激戦で乗り捨てられた機動隊の「重装甲の残骸」が転がっていること。

そしてもう一つ。

これこそが、何よりも最高のスパイスだった。


「で、あの高慢ちきな女……九条だったか? 職場で便所掃除させられてるってのは本当か?」

「ああ、マジだぜ。越権行為と不祥事を起こした責任を取らされて降格。今じゃ発狂寸前で便器磨いてるって噂だ。ザマァねえよな!」


一郎は、口元をわずかに歪ませた。

エリート街道から転落し、かつて見下していた汚れ仕事に邁進する九条燈子。

この闇市で食う「出所の怪しい合成肉」さえ、今の彼女の不遇を想えば最高級のフィレ肉にも勝る味わいだ。


「……いい。実にいい。便所掃除か、彼女にはお似合いのポストじゃないか」


一郎の胸のうちは、かつてない全能感に満たされていた。

自分は最強の基盤(4リンク)を手に入れ、自分がハメた女は便器を磨いている。

この格差。

この優越。

それこそが、リスクだらけのこの「クソゲー」において、一郎が初めて手にした真の『利益あがり』だった。


(ふふふ……九条。君が床を這いずっている間に、私は遥か高みへ行かせてもらうよ)


一郎は合成肉を最後の一切れまで堪能すると、勝利の余韻に浸りながら戦場(NSビル)へと足を向けた。


NSビルのエントランス付近。

そこには情報の通り、無惨に引き裂かれた防弾ベストや重厚な金属盾の残骸が転がっていた。

一郎は、その中から最も堅牢そうなボディアーマーを選び出し、一体のゾンビに着せた。


「これだ。これを装備させれば、ゾンビは無敵の重装兵タンクへと進化する……」


一郎は深呼吸をし、4リンクの革鎧に意識を集中させた。

赤ジェム【Animate Guardianアニメイトガーディアン】の魔力が、リンクした青ジェム【Raise Zombieレイズゾンビ】へと流れ込む。


「……起動アクティベート!」


カッ、と魔力の奔流が走りゾンビの鎧が脈打ち始める。

それは磁石に吸い寄せられるようにゾンビの肉体へと装着されようとした。


「よし……来いッ!」


だが、その刹那。

ガガガガギギィィィッ!! と耳を刺すような金属摩擦音が鳴り響いた。

ゾンビの肉体と重装甲が激しく火花を散らし、凄まじい反発パージが起きる。


「な……ッ!?」


ドカンッ! という爆発音と共に、装着されるはずだった鎧が粉々に弾け飛んだ。

衝撃波で一郎は地面に尻餅をつく。


「な、なぜだ……!? 4リンクだぞ!? 連結も色も完璧なはずだ!」


目の前には、何も纏っていない、ただの薄汚れたゾンビがぼうぜんと突っ立っている。

一郎は震える手で、弾け飛んだ鎧の残骸に触れた。

すると脳内のインターフェースに、今まで見たこともないエラーメッセージが赤く点滅した。


【警告:装備側の「Organic Compatibility(生体適合性)」MODが不足しています。定着に失敗しました】


「『生体適合性』……だと……?」


一郎は、地面に手をつき、カイジさながらに「ぐにゃぁぁ……」と視界を歪ませた。

現実のゾンビ(死体)に装備を定着させるには、装備側にこの希少なMODがついていなければならなかったのだ。

ゲームには存在しなかった、現実という名の「クソ仕様」。


「……ふざけるな。このMODが出る確率はどれくらいなんだ……。見たこともないぞ!闇市で買えるのか?……」


カレンシーの残高は、今さっきの牛串代を引いて底をつきかけている。

せっかく作った4リンク鎧が、現時点では「ただの穴の空いた革鎧」という名の不良債権に成り下がった。

胃を焼くような後悔が、一郎を襲う。


「……くそ、くそッ! このままでは全損だ……!」


だが、一郎の本能が泥沼の中で必死に足掻いた。

重装甲がダメなら、もっと「軽い」ものならどうだ?


一郎は血眼になって瓦礫を漁り、そこら辺に落ちていた「ボロボロの軍手」と「布の切れ端」を掴み取った。


「……アニメイト・ガーディアン」


弱々しい光と共に、軍手がゾンビの手を包む。

今度は弾け飛ばなかった。

定着したのだ。


「…………」


目の前には、右手に軍手をはめ、首に布切れを巻いた見た目も性能も絶望的に貧相なゾンビが立っていた。

防御力の向上は誤差の範囲。

見た目はただの「掃除ボランティアのゾンビ」だ。


「……最強への道は、まだ遠いか」


一郎は深く、深く溜息をついた。

豪華な牛串の味も九条への嘲笑も、もうどこにも残っていなかった。

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