ep.36 ブリーチギャンブル
NSビル2階、迷路のようなオフィスフロア。
パーテーションの隙間に漂う赤い裂け目を見つけた瞬間、一郎の口角は自然と吊り上がった。
「……見つけたぞ。私の『ボーナス確定台』だ」
以前なら慎重にバフを確認し、ゾンビの配置をミリ単位で調整していただろう。
だが、今の左手には『激変するナックル』が輝いている。
一郎は迷うことなく、赤い裂け目に指先を突っ込んだ。
パキィィィィン!!
空間が割れ、赤紫色の領域が爆発的に広がる。
と同時に、一郎の全身を未曾有の全能感が支配した。
「——来るぞ、プロパティの二倍適用だ!」
指輪の力が覚醒し、最大ライフが一気に118加算される。
視界の端のライフゲージが、物理的にボコンと太くなるのが分かった。
湧き出すデーモンの群れ。
だが、今の彼には恐怖など微塵もない。
「ゾンビ! 踏み荒らせ! 殲滅しろ! 効率こそ正義だ!」
3リンクとなったゾンビたちが、強化されたタフネスでデーモンの波を押し返す。
一体倒すごとにマナが8回復する。
スキルを連打してもマナゲージは満タンから微動だにしない。
それどころか、飛来する火炎弾を数発被弾しても、ダメージの16%を即座に回収する補填能力により削れた端からライフが「戻って」いく。
「ハッ、ハハハハ! 減らん! 減らんぞッ! どんなに攻撃を受けても、即座にダメージが解消されていく! これが……これが圧倒的な暴力の力だ!」
アトリウムの1階とは対照的なオフィスフロアでの乱戦。
一郎は逃げ回るのをやめ、あえて敵の密集地帯のど真ん中に陣取った。
ドォォォォォン!!
被ダメージ時キャストの『衝撃波』が炸裂し、周囲のデーモンを肉片へと変える。
その中から、駅では見たこともないようなカレンシーの欠片や未鑑定の装備品が「チャリン、チャリン」と小気味良い音を立てて降り注ぐ。
「素晴らしい……! 金の入りが駅とは桁違いだ。これだ、私が求めていた利益は!」
ブリーチが閉じるまでのわずか数分間。
それは一郎にとって人生で最も濃密な「確変状態」だった。
領域が収縮し、異界の景色が消えた後、そこには死体の山と輝く戦利品の海が残されていた。
「……フゥ。たった一戦で、惨めで貧乏な生活とおさらばし、新しい門出に祝福された気分だ!」
一郎は、1階で投げ捨てた『鉄の指輪(物理+1)』のことなど、もはや記憶の彼方へと追い払っていた。
カレンシーを拾い集める一郎の目は、パチンコ屋でドル箱を積み上げる男のそれと同じ濁りきった、しかし最高に満ち足りた光を放っていた。
「……さて。次はどこの『台』が空いているかな?」




