ep.35 異常配当
静まり返ったNSビル1階。
一郎は震える手で、ゾフの寵児が遺した異質な輝きを放つ指輪を拾い上げた。
それは、通常のドロップ品とは明らかに一線を画す禍々しいオーラを纏った『Breach Ring(ブリーチの指輪)』だった。
「……鑑定だ。頼む、ゴミであってくれるなよ」
祈るような心地で鑑定スクロールを滑らせる。
現れた文字列に、一郎の眼球が限界まで見開かれた。
「激変するナックル(ブリーチの指輪 ) / Rare」
・ブリーチ内にいる時に限りこの指輪のプロパティが二倍になる
・最大ライフ +59
・見つかるアイテムのレアリティが 16% 増加する
・倒した敵1体ごとに 4 のマナを獲得する
・受けたダメージの 8% をライフとして回収する
(コラプト状態)
「……は?」
一郎は思わず素っ頓狂な声を上げた。
最大ライフ+59。
これだけでも今のボロ布装備からすれば破格の資産増だ。
だが、その上にある特殊条項がすべてをひっくり返している。
「『ブリーチ内にいる時にプロパティが二倍になる』……。つまり、あの地獄の中だけであれば、ライフは118加算され、敵を倒すたびにマナが8回復し、受けた損害の16%を即座に補填するということか?」
さらに、レアリティ増加16%という「利益率向上」のModまで付いている。
これこそが、ハイリスクなマーケットへ踏み込んだ一郎に支払われた、最初の「特別配当」だった。
「……フフ、ハハハ! これだ。これがあるから、ダンジョンはやめられんのだ!」
一郎は迷わず、左手の指に嵌まっていた『鉄の指輪(物理ダメージ+1)』を引き抜いた。
今日まで、気休め程度の加点しか与えなかったこの「死に金」を、彼は躊躇なくアトリウムのタイルに投げ捨てた。
カラン、と寂しい音を立てて転がる鉄の輪。
「さらばだ、ゴミリング。今の私には、もっと相応しい装備がある」
代わりに『激変するナックル』を深く嵌め込む。
指先から流れ込む禍々しくも力強い魔力。
ライフよし、マナ供給よし、ドロップ率よし。
「……さあ、NSビルよ。次のブリーチはどこだ? 早く私にファームさせろ」
一階の戦利品を回収し終えた一郎の目は、もはや恐怖に濁ってはいなかった。
彼は欲望の熱に浮かされた力強い足取りで、二階へと続くエスカレーターへと踏み出した。




