ep.32 クロック・ブリーチ
巨大アトリウムの1階、その中央。
一郎が「ユックリズム振り子時計」の真下に差し掛かったその時だった。
巨大な振り子が中央を通過する瞬間、空間が物理的に「裂けた」ように見えた。
振り子の軌道に沿って出現したのは、血のように赤い不吉に揺らめく炎の裂け目。
「——ッ!? なんだ、この異常事態は!」
一郎が反射的にその赤い裂け目に触れた瞬間、爆発的に領域が拡大した。
アトリウムの床一面に、赤紫色の不気味な円形陣が広がり、そこから駅のダンジョンとは比較にならない「密度」で、異形のデーモンたちが湧き出してくる。
「Breachか……! 世界が強制的に変異している!」
四方八方から押し寄せる、燃え盛る皮膚を持つデーモンの群れ。
一体一体の火力もさることながら、その圧倒的な「数」による面圧は、一郎のライフを粉砕せんばかりの勢いだ。
「ゾンビ! 陣形を崩すな! 3リンクの範囲攻撃(Melee Splash)で、この波をすべて押し返せ!」
咆哮と共に四体のゾンビが拳を叩きつける。
衝撃波が連鎖し、前方のデーモンを肉片へと変える。
だが、ブリーチの拡大スピードはその殲滅力を上回っていた。
振り子時計が重厚な音を立てて左右に揺れるたび、ブリーチの領域はさらに拡大し、新たなデーモンが次々と供給される。
熱気がアトリウムに滞留し、酸素が焼ける。
耐性15%の「鎖帷子」では、これだけの数の火炎弾に晒されれば、掠めただけでライフゲージが目に見えて削れていく。
一郎の視界の端で、赤く点滅するライフゲージ。
「……クソ、想定外の事態だ! だが、この密度……この『湧き』は、駅の一週間分に相当するリターンを数分で生み出すぞ!」
一郎は、絶え間なく襲いかかるデーモンの爪先を紙一重でかわしながらゾンビの背後で叫んだ。
安全圏などどこにもない。
360度すべてが敵。
巨大な振り子が運命の秒針のように一郎の頭上を通過し、風を切る音が死へのカウントダウンを刻む。
「死ねば全損。だが、捌ききれば莫大な配当。……さあ、かかってこい!」
極限の緊張の中、一郎はライフポーションの栓を引き抜いた。
かつての満員電車の圧迫感など、この地獄に比べれば天国だ。
赤い炎に包まれた戦場で、四体のゾンビが咆哮を上げ、異界のデーモン共をなぎ倒し始めた。




