ep.29 ジャンク・ギャンブル
新宿駅の冷たいコンクリートの上に、一郎は「ゴミ」を並べていた。
先ほどまでのファームで得た戦利品。
ゲームならベンダーに投げ捨てて『Orb of Alteration(変化のオーブ)の破片』に変えるような産廃の山だ。
だが、店もなければトレードもないこの世界では、このゴミの山こそが唯一の資材だった。
「……ふぅ。やるしかないか」
一郎の視線の先には、先ほど拾ったばかりの「チェインメール(鎖帷子)」が転がっている。
今のプレートベストよりはマシなベースだが、ドロップした瞬間は『Normal(白)』。
何のModも付いていない、ただの鉄の服だ。
「投資ではない。これは、生存のためのギャンブルだ」
一郎は、ポケットから数枚の『Orb of Transmutation(変成のオーブ)』を取り出した。
白アイテムをマジック(青)に変える、最も初歩的なカレンシー。
これを、祈るように鎖帷子へと叩きつける。
「——来い、耐性。火でも冷気でもいい、プラスに振れろ!」
パリン、と軽い音がして、鎖帷子が青白く発光した。
[付与された効果:物理反射 +1]
「……チッ、単発か」
一郎の額に嫌な汗が浮かぶ。
ここからが本当の地獄だ。
手持ちの『Orb of Alteration(変化のオーブ)』はわずか12枚。
これを消費してModを書き換えていく。
ゲーム画面なら一瞬で終わる作業だが、ここでは一枚使うたびに、自分の「資産」が目減りしていく感触がダイレクトに脳を焼く。
「回せ(リロールだ)。火炎耐性さえ引ければ、私は救われる……!」
2枚目、『+4 最大ライフ』
……いらん。
3枚目、『スタン回復率 +10%』
……死ね。
5枚目を超えたあたりから、一郎の指先が震え始めた。
投資家としての冷静さはどこへやら、今の彼は完全に、なけなしの軍資金をジャグラーに注ぎ込むパチンカスのそれだった。
期待値? 確率論? そんなものは、この極限状態では何の慰めにもならない。
「頼む……! 火だ! 赤い文字(火炎耐性)を見せてくれ……ッ!」
8枚目。
発光した文字が、一郎の網膜を打った。
[火炎耐性 +15%]
[冷気耐性 +20%]
「ッシャァアアアアア!!」
深夜の新宿駅に、一郎の汚い叫びが響いた。
たかが15%。
本来なら「ハズレ」の範疇に入るような低数値だ。
だが、今の彼にとってはそれがジャックポットに見えた。
「勝った……。これで、あのヘリオン(炎の化け物)の爆発を食らっても、即死する確率はコンマ数%下がったはずだ……」
残りのオーブは4枚。
これ以上を望むのは、破滅への特急券だ。
一郎は、今引いたばかりの「微妙な耐性付きの鎖帷子」を、震える手で装備した。
資産は激減し、手元に残ったのは「ゴミに毛が生えた程度の鎧」。
だが、その微々たるプラスが、次に死ぬか生きるかの分岐点を分ける。
「……まだだ。まだ私は、この戦場で死ぬわけにはいかない」
一郎は、空になったポケットを一度だけ叩くと、虚勢を張るようにゾンビたちを従え、再び暗い通路の先——「次の当たり(ドロップ)」を目指して歩き出した。




