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ep.28 レバレッジ・ファーム

新宿駅・地下構内。

一郎の周囲を固めるのは見慣れた四体のゾンビだ。

ジェムLv10に『男爵』の加算が乗り、実質Lv12へと引き上げられた「動く死体」共。

かつては単体攻撃しかできず、宝の持ち腐れとなっていたその暴力が今は正しく制御されている。


一郎が指を鳴らすと、ゾンビたちが一斉に地を蹴った。

一匹のスケルトンにゾンビの拳が叩き込まれた瞬間、青の3連結ラインを流れる魔力によって『Melee Splash Support(近接範囲攻撃補助)』が発動。

衝撃波が周囲を巻き込み、密集していた敵のパックが、瞬く間に「清算」された。


「……フム。3リンクへの投資は正解だったな。実質Lv12。単体火力と範囲殲滅力のバランスが、ようやく損益分岐点を超えた」


これまで一体ずつ愚直に殴っていたノロマ共が、今は一撃で群れを薙ぎ払う。

範囲攻撃というスケーラビリティを得たことで、時間あたりの期待値は劇的に改善された。


一郎は、敵が落とす『Orb of Alteration(変化のオーブ)』などを無造作に拾い上げていく。

これらはすべて、将来的な4連結化、あるいはジェム拡充のための「内部留保」だ。

だが、利益が出る一方で、ポートフォリオの脆弱性もまた牙を剥いた。


「——ッ!?」


物陰から放たれた『Flame Hellionフレイム・ヘリオン』の死に際の一撃——火炎の爆発が、一郎のすぐ横を掠めた。

火炎耐性5%。

ほぼ初期値。

掠めただけの熱気が、一郎のライフを3割も削り取った。


「……やはり、この耐性は『不渡り』寸前のリスクだな」


攻撃に全振りし、防御(保険)を極限まで削った代償。

ゾンビが敵を溶かすスピードが、自分自身の「寿命」が尽きるスピードを上回り続けなければ、このファームは成立しない。


「……改めて見ると、ひどい装備だな」


一郎は、手元の端末に自身の装備一覧アセット・リストを叩き出した。

武器や盾、ベルトに至っては、もはや「付いていればマシ」というレベルのマジック品だ。

物理ダメージ反射+2や、命中力+3。

一郎のビルドには1%の寄与もしない「死に資産」が、装備枠という名の貴重なスペースを無駄に占拠している。


「耐性は火炎5%、雷のみ75%。物理防御アーマーMODはほぼゼロ。平均的な探索者がこの数値を見れば、鼻で笑うか自殺志願者だと憐れむだろう」


PoEの世界において、耐性不足は「死」に直結する。

本来ならAct中盤のこの時期、各耐性は50%以上を確保するのが定石だ。

一郎は自嘲気味に鼻を鳴らした。

「効率のために防御を捨てた」と言えば聞こえはいい。

だが、その実態はもっと単純で、救いようのないものだ。


(……ただの、圧倒的な資金不足だ。4連結(4リンク)させるカレンシーもなければ、耐性付きのレア装備を競り落とす蓄えもない。この『男爵』という一点豪華主義のツケが、全身のボロ布に回っているに過ぎん)


Normalノーマルの珊瑚の指輪を指に嵌め直す。

Modの一つも付いていない、ただの石ころ。

それを「固定資産」などと呼んで自分を誤魔化しているが、実際はこれ以外の選択肢が「ない」のだ。


まさに、全財産を突っ込んだ株が暴落し、住む場所も失ってなお「これは勝負の局面だ」と言い張る破滅型の投機家。

今の一郎は、それと大差なかった。


「……だが、この『3連結(3リンク)』さえあれば、逆転の目はある」


一郎は、兜の青いソケットを指でなぞる。

『Raise Zombie』―『Melee Splash Support』―(空き)。

この繋がったソケット。

これだけが、今の彼に残された唯一の生存手段だ。


「……だが、ここで引き返せば、ただの損切りで終わる。この3リンク化に投じたカレンシーを回収し、耐性装備という名の『損害保険』を買い揃えるまでは、止まるわけにはいかんのだ」


保守的で、臆病で、誰よりも自己保身に長けていたはずの元社畜。

そんな彼が、皮肉にも「貧乏」という名の最大のバグによって、この世で最も危険なハイレバレッジ・トレードを強いられている。


「……さあ、次のパックだ。一刻も早く、この『異常事態』から脱するためのカレンシーを寄越せ」


一郎は、ゾンビの背後に隠れるように、それでいて一秒も無駄にしない効率的な歩調で、再び地下の闇へと足を踏み出した。

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