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ep.27 ボラティリティの罠

雑居ビルを出た一郎の歩調は、昨日までとは明らかに異なっていた。


骸骨を象った不気味な兜『The Baron(男爵)』を被り、首から下は耐性5%程度のゴミマジック装備を纏った異様な姿。

通りすがりの探索者たちがその「いびつなポートフォリオ」を見て失笑するが、一郎は一瞥もくれない。


(笑わせておけばいい。見た目という名の虚飾に払うコストなど1円もない。私が見ているのは、常に数字データの推移だけだ)


 一郎は迷わず新宿駅・北通路へ滑り込み、検証を兼ねたファームを開始した。

四体のゾンビが先行し出会い頭のパックを粉砕していく。


「……速い。そして、硬いな」


支援ジェムがリンクされていないため、範囲攻撃などの恩恵はない。

だが、レベルが2上がったゾンビたちの「基礎ステータス」は圧倒的だった。

以前は数回の打撃を要した精鋭のスケルトンが、ゾンビの素殴り一発で文字通り塵に還る。


「リンクによる乗算の暴力がなくとも、レベルアップによる加算が期待値を上回ったか。これこそが、コア資産への集中投資のリターンだ」


以前は避けていた黄色いオーラを纏うレア・パックも、今や安全な「利回り」でしかない。

だが、順調に見えた検証の裏で一郎の眉間に皺が寄る。


「……いや、やはり遅い。あまりに非効率だ」


攻撃力(単体DPS)は劇的に上がった。

しかし、兜のソケットがたった一つしかないため、これまで主軸だった『Melee Splash Support(近接範囲攻撃補助)』が一切機能していない。

一体ずつしか殴れない「単体攻撃」の塊と化したゾンビでは、雑魚の群れを処理するのに以前の倍以上の手数がかかるのだ。


(DPS(秒間ダメージ)が過剰供給されている。一体をオーバーキルしても、隣の敵が生き残っていては時給リターンは上がらん。一刻も早くこの『欠陥資産』を4リンクさせ、範囲殲滅力を取り戻さねば……)


一郎は苛立ちを抑え、ドロップ品の選別に集中する。

狙うはソケット拡張のための『Jeweller's Orb(職人のオーブ)』、そして連結用の『Orb of Fusing(結合のオーブ)』だ。


だが、現実は非情だった。

ドロップ率という名の「ボラティリティ(不確実性)」が一郎の計画を嘲笑う。

殲滅効率の低さがたたり、予定の倍の時間を費やしても、手元に集まったのは数枚ずつのオーブだけだった。


「……ドロップの下振れを嘆いても始まらん。今ある資産で、最大限の賭けに出る」


自室に戻った一郎は、作業机に『The Baron(男爵)』と乏しいカレンシーを並べた。  


Jeweller's Orb(職人のオーブ):6枚

Orb of Fusing(結合のオーブ):3枚


「4ソケット、4リンク。統計学上の平均消費枚数を考えれば、この枚数で挑むのは無謀な『投機』に等しい。……だが、ここで足を止めれば損失が確定するだけだ」


一郎は最初の一枚、『Jeweller's Orb(職人のオーブ)』を手に取った。

カチリ、という硬質な音が響く。

1ソケットから、2ソケットへ。

さらに叩き込み、3……と思いきや、再び1ソケットへと転落する。


「……っ、クソが!」


資産が溶け、残り1枚。

ここで2ソケット以下で止まれば、戦力は現状維持どころか「完全な破綻」で終わる。

一郎は最後の一枚を兜に叩きつけた。


——眩い光が、骸骨の兜の眼窩から溢れ出す。4つの穴が、綺麗に整列して開いていた。


「……4スロット。確率は収束したか」


だが、安堵したのも束の間、一郎の表情が凍りつく。

開いた穴の色が、想定外の構成だったのだ。


「青、青、青……そして、赤だと?」


『The Baron(男爵)』は筋力ベースの防具だ。

本来なら赤ソケットが開きやすいはずだが、運命の悪戯か、知力ジェム用の青が3つ、筋力ジェム用の赤が1つといういびつな配色に転んだ。


「……計算外だ。リンクが一つも発生しないとは。これでは予定していた青ジェムの『Minion Speed Supportミニオンスピードサポート』が挿せん。」


一郎は残る3枚の『Orb of Fusing(結合のオーブ)』を手に取る。

1枚目、不発。

2枚目、2-2リンク。

そして最後の一枚。

一郎はそれを、祈るのではなく「ねじ込む」ように押し当てた。

魔力の鎖が走り、4つの異なる色の穴を一本の線で貫いていく。


「……3連結(3リンク)。青-青-青と赤の4穴か。オーブがないしこれ以上は無理だな。ポートフォリオの再編、完了だ」


一郎は即座に、温めていた『Raise Zombieレイズ・ゾンビ』と『Melee Splash Support(近接範囲攻撃補助)』を流し込んだ。


背後のゾンビたちが、地を揺らすような唸り声を上げた。

ただの壁だった死体共が、広範囲を蹂躙し、高速で獲物を屠る「自動殲滅マシン」へと変貌を遂げた瞬間だった。


「……コストは嵩んだが、これでようやくスタートラインだ。新宿の市場から、奪われた時給を倍にして取り戻してやる」


ボロ布を纏い、不気味な鉄兜を深く被った男は、夜の新宿へと静かに歩き出した。

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