ep.26 キザな男爵こんにちは!
新宿の片隅、廃ビルの隙間に形成された「ジャンク市」は、欲望と鉄錆の臭いに満ちていた。
一郎は、並べられた装備品をまるで暴落した株券でも見るかのような冷ややかな視線で検品していく。
「……話にならんな。この程度のレア装備にカオスオーブを要求するとは、この界隈の相場観を疑うぞ」
ライフも耐性も中途半端な「自称レア」を提示する商人を一蹴し、一郎は市場の最奥へと進む。
今の彼には、全身を並の装備で固める「凡庸な分散投資」をしている余裕はない。
狙うは、現在の生存マージンを根本から書き換えるコア資産——『一点突破の集中投資』だ。
そして、埃を被った木箱の隅にそれはあった。
不気味な骸骨を象った、鉄製の兜。
ネクロマンサーにとっての聖遺物、『男爵(The Baron)』だ。
「……『男爵(The Baron)』か。ソケットが未連結ゆえの捨て値か、あるいは価値に気づいていないのか」
ユニークアイテム:男爵(The Baron)
ジェム穴:青1
装備中のミニオンジェムレベル +2
ミニオンの最大ライフが10%増加する
プレイヤーの筋力の半分がミニオンに加算される
筋力500ごとにゾンビの最大蘇生数+1
筋力が1000以上の時、ミニオンの与えたダメージの2%をライフとして吸収する
「……現状の私では筋力1000は遠い。だが、ミニオンのレベル+2……。これだけで『生存ラインの質』が劇的に向上する」
「……ほう、目が高いね。それは『男爵』。ミニオンを操る術師なら、命を売ってでも手に入れたい品だ」
脂ぎった顔の商人が、一郎の視線を逃さず擦り寄ってきた。
「ソケットは未連結だが、その分、市場価格よりは安くしとくよ。……どうだい、混沌のオーブ5個。あるいは、それに見合う一級のユニークアイテムで手を打とう」
一郎は鼻で笑った。
「5個だと? 冗談は顔だけにしておけ。ソケットが未連結なのは致命的な欠陥だ。連結コスト(フュージング)の期待値を計算すれば、その時点で価格は3割は落ちる。おまけに、今の新宿で混沌のオーブを5個も即金で払える探索者がどこにいる?」
一郎は一歩踏み込み、商人の目を覗き込む。
「お前の手元にあるのは、いつ売れるかもわからない『不良在庫』だ。だが、私の手元にあるのは、今すぐ何にでも変えられる『基軸通貨』だ。……在庫リスクを抱え続けて野垂れ死ぬか、今ここで確実な資本を手にするか。選べ」
一郎は懐から、黄金色の硬貨——『Chaos Orb(混沌のオーブ)』を1枚、無造作にテーブルへ叩きつけた。
「混沌のオーブ1個。釣りはいらん。……否と言うなら、隣の店で指輪でも買うだけだ」
商人の喉が鳴った。
混沌のオーブ1枚の放つ鈍い輝きと一郎の冷徹な交渉術。
数秒の沈黙の後、商人は震える手でオーブを掴み吐き捨てるように言った。
「……持ってけ。クソッタレな計算高いクズめ」
一郎は骸骨の兜を無造作に掴み取った。
交渉は成功だ。
だが、代償も大きかった。
基軸通貨を全投入した結果、他の部位に割く資本が完全に底を突いたのだ。
「……残りの枠は、手元の端金で埋めるしかないな」
自室に戻った一郎は、交渉の末におまけとして袋に詰め込まれた「ジャンク品」を机に並べた。
鑑定する価値すらなく、ただ装備枠の空きを埋めるためだけに存在する、名もなきマジック装備の群れ。
「……さて、ポートフォリオの穴埋めといこうか」
一郎は、溜息を吐きながらそれらを身に纏っていく。
鎧:[+5% 火炎耐性]
ベルト(サッシュ):[+2 物理ダメージ反射]
武器(錆びた剣):[+3 命中力]
盾(腐った木の盾):[+3% 盾ブロック率]
アミュレット(汚れた琥珀):[+5 筋力]
指輪(鉄の指輪):[+1 物理ダメージ]
「……ゴミだな。ゴミという言葉に失礼なほどだ」
耐性5%、反射ダメージ2。
数値化するのも馬鹿馬鹿しい「死にステータス」のオンパレードだ。
ジェム穴すら満足に空いていない。
見た目はさながら、戦場に迷い込んだホームレス。
全身から漂う「急造の寄せ集め感」は隠しようもない。
しかし、頭部だけは違う。
鈍く黒光りする骸骨の兜——『男爵(The Baron)』を被った瞬間、一郎の背後に控える四体のゾンビから、これまでとは比較にならない濃密な死の気配が立ち上った。
「……だが、この一点がすべてを覆す」
ミニオンのレベルが2上がる。
それは、ゾンビたちの耐久力と攻撃力が、一段上のステージへシフトしたことを意味する。
本体が耐性5%のボロ布を纏っていようと、この圧倒的な「壁」が崩れなければ投資としての期待値はプラスに振れる。
だが、この『男爵』には致命的な欠陥があった。
ソケットが一切繋がっていない「未連結資産」なのだ。
現状ではジェムを挿しても、支援ジェムの恩恵を一切受けられない。
「……ソケット数たった1つ。しかも未連結。これでは支援ジェム(サポート・ジェム)を一枚も受け入れられない『スタンドアローン』な資産だ」
本来、この兜のポテンシャルを最大限に引き出すには、4つのソケットを開け、そのすべてを魔力の鎖で繋ぐ「4リンク」の状態にしなければならない。
「ソケットを拡張するための『Jeweller's Orb(職人のオーブ)』。そして、それらを繋ぐための『Orb of Fusing(結合のオーブ)』……。今の私には、そのどちらも決定的に不足している」
いわば、超高性能なCPUを、旧時代のマザーボードに無理やり挿したようなものだ。
それでもレベルの上がったゾンビの「素のスペック」だけで、これまでの時給を上回るリターンは出せるはずだ。
「……未完成の強み、と言っておこうか。連結コスト(フュージング)を稼ぎ、この兜を完全稼働させる。それが当面の事業目標だ」
見た目はツギハギのボロ布、頭だけが不気味な骸骨。
いびつで歪なポートフォリオを抱えたまま、一郎は再び新宿の闇へと視線を向ける。
次なる投資フェーズは、この「青穴一つ」の兜を、4つの魔力が循環する黄金の資産へと作り替えるための地道な資本集めだ。




