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ep.2 平穏を邪魔する者は神でも殺す

「な、なんだ!? 何をした!」

「……おい、おっさん。聞いてんのか?」


残りの二人が腰を抜かして後ずさる。


一郎は自分の手を見つめる。

視界の端で、無数のノードが複雑に絡み合うパッシブツリーが静かに脈動していた。

……いや、彼の視界には、それ以上の「情報」が流れ込んでいた。


(被ダメージ時キャスト……衝撃波リンク……。なるほど、そういうことか) 一郎は一瞬で理解した。


これは彼がかつて廃人一歩手前までやり込んだ、あの「不親切で残酷なハクスラ」のシステムそのものだ。

ならば、今すべきことは「効率化」と「リスク管理」のみ。


「……何をした、だと?」


一郎は、腰を抜かした男たちを冷たく見下ろした。

その瞳には、社畜時代に無茶なノルマを突きつけてきた上司を見る時のような、どす黒く冷え切った感情が宿っている。


「私は『静かに暮らしたい』と言ったはずだ。……君たちは、私の警告という『コスト』を無視して、最悪の『損失』を選んだ。ただそれだけのことだよ」


「ひ、ひぃっ……!」


「失せろ。これ以上私の時間を奪うなら、次はもっと高い利息ダメージを払ってもらう」


一郎の低い声に、男たちは脱兎のごとく逃げ出した。

静寂が戻った廃墟の街。

一郎は深く、深く溜息をつき、崩れかけた壁に背を預けた。


「……やれやれ。まさかリタイア後の第二の人生が、放置ビルドのテスト(実戦)から始まるとはな」


眼鏡を押し上げ、彼は空中に浮かぶ広大なスキルツリーを凝視した。

投資で培った「最適化」の知識が、最強のビルドを構築せよと彼の背中を押している。



数分後。

路地裏のコンクリートは、先ほどの『Shockwave(衝撃波)』の余波で小さくひび割れ、埃が白く舞い上がっていた。

そこに残されていたのは、廃人のように白目を剥いて転がるリーダー格の男と、以前と変わらずくたびれたスーツを着た一郎だけだった。


「……ふう。やはり暴力は良くないな。カロリーの無駄だ」


一郎は手元の戦利品を確認する。

襲撃してきた略奪者どものウォレットから強制的に「徴収」した低級カレンシーは、今の彼の慎ましい生活を支えるには十分な額だった。


そして、一郎の掌の上で、冷たく、だが圧倒的な質量を持って転がる球体。

それは一郎がスタンピードの地獄の中、文字通り死ぬ思いでダンジョンから手に入れた『Divine Orb(神のオーブ)』だった。

常人であれば一生かかっても拝むことすらできない至宝。

一般社会の裏取引では、上級国民が喉から手が出るほど欲しがる最高級の「追跡不可能な匿名資産」として、破格の価値を持つ美術品だ。

しかし、このハクスラシステムを理解した一郎にとっては――。


(『神のオーブ』。今のレートなら私の装備のプロパティを再抽選し、さらに最適化できるが……今はまだ保管しておくのが得策か)


焦って貴重なコアアセットを切り崩す必要はない。

今の彼に必要なのは、早期リタイア生活を再建するための確実で堅実な「原資」のプールだ。

ポートフォリオの分散と流動性の確保。

商社マン時代に嫌というほど叩き込まれた資産運用の鉄則が、彼の脳内で冷静なチャートを描いていた。


「さて、せっかくの臨時収入だ。今日の夕食は少し贅沢をして……合成肉のペーストではなく、闇市で本物の鶏肉を探してみようか」


服に付着した埃を軽く払い、一郎は猫背のまま、夜の闇へと消えていった。

返り血を拭うことすら、彼にとっては時間というコストの無駄遣いに過ぎなかった。


だが、彼はまだ気づいていない。

彼が自衛のために発動した、あの「規格外の魔力波形」を。

この国を支配する、防壁の向こう側の聖域――「新日本民主主義国家」の監視衛星が、しっかりと捉えていたことを。


地上数百メートルの上空に位置する、広域徴税局の冷徹な管理室。

無機質なホログラムウィンドウの前で、黒い制服に身を包んだオペレーターが淡々とキーを叩く。


「解析完了。……該当区域での高額カレンシー所持、および魔力行使の形跡を感知。しかし、登録市民IDのデータベースとは一切一致しません」


「……未登録の『隠匿資産』か。実につまらない不届き者ね」


オペレーターの背後で、眼鏡の奥の瞳を冷酷に光らせた女――特別執行官の九条燈子が、侮蔑の笑みを浮かべて命じた。


「直ちに徴税執行官の部隊を派遣せよ。未登録の資産は、例外なく国家がすべて『没収』する」


それは、平穏を何よりも愛する元社畜おじさんの元本を脅かす、最悪の国家権力リスクが動き出した瞬間だった。

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