ep.15 非課税エリアの収穫と「洗浄」
「お、おっさん……マジで入んのかよ。ここ、マズいだろ」
隣のクソガキが、震える声で目の前の巨大な穴を見上げた。
新宿の地下鉄駅構内。
かつては何百万人もの通勤客がひしめき合ったその場所は、今や『ダンジョン』へと変貌を遂げている。
「安心しろ。ここは政府の監視も届かない、我々のような貧乏人にとっては最高のタックス・ヘイヴンだ。……命の保証はないが、少なくとも一分ごとに滞在税を引かれることはない」
ガキの悲鳴を無視し、一郎は鉄鋲打ちの籠手の感触を確かめた。
3リンクの『ショックウェーブ』を外したことで、範囲火力は激減している。だが、今は「確実な盾」と「持続的なDPS(秒間ダメージ)」が必要だ。
「……デセクレイト」
一郎が手をかざすと、ガントレットの独立スロットに嵌まったジェムが鈍く光り、何もない地面から腐肉の塊が噴き出した。
続けて、メインの3リンクが起動する。
「レイズ・ゾンビ」
不浄な魔力が肉塊に宿り、バキバキと骨の鳴る音と共に三体のゾンビが立ち上がった。
パッシブスキル『ミニオンダメージ増加』と『攻撃速度』を乗せたことで、その四肢には岩を砕くような剛力が宿り、動きからは死体特有の鈍重さが消えている。
「ヒッ……何度見ても気色悪ぃな」
「効率的と言ってほしいものだ。さあ、行くぞ。……今日は『残高不足』を解消しに来たんだ」
一郎はガントレットの感触を確かめ、三体のゾンビを先行させた。
地下へと続く階段を下りると、すぐに暗闇の中から光る無数の眼が現れた。
変異した地下ネズミの群れだ。
一匹一匹が小型犬ほどのサイズがあり、その牙には金属すら噛みちぎる力が宿っている。
「ギチギチッ!」
飛びかかってくるネズミに対し、一郎は冷静にゾンビへ意識を飛ばす。
ドシュッ!
一体のゾンビが、目にも留まらぬ速さで拳を振り下ろした。
パッシブスキルで強化された一撃は、ネズミの頭部を一瞬で粉砕する。
一郎は一歩も動かず、ただその光景を「処理効率」の観点から眺めていた。
「す、げぇ……おっさんのゾンビ、マジで強ぇな」
「投資に見合ったリターンが出ているだけだ。……おっと、お目当ての品だ」
粉砕されたネズミの死体が光の粒子に変わり、地面に鈍く輝く石が転がった。
『変成のオーブ』。
政府の電子マネーではない物理的な現物通貨――カレンシーだ。
(……だが、拾っただけではタダの石ころだ。これを『洗浄』し、政府の帳簿に載る電子マネーに変えなければ配給機すら使えん)
一通りの獲物を狩り終えた一郎は、クソガキの案内でスラムの路地裏にある表向きはボロい電子機器修理屋へ向かった。
「……ロンダリング(洗浄)の依頼か?」
店主の男は、政府の監視網を物理的に遮断したシールドルームで怪しげな非合法端末を叩いていた。
一郎がオーブを差し出すと、店主はニヤリと笑う。
「ダンジョン産か。今のレートなら 10000Gってところだ。だが、俺の手数料として40%頂くぜ。これでも相場よりは安い方だ」
「40%……。九条の特別税よりはマシだが、胃が痛くなる暴利だな」
一郎は不本意ながらも承諾した。
店主は手慣れた手つきで、複数の架空のアカウントを経由させ、一郎のウォレットに「過去の労働の未払い給与」という名目で、少しずつ、目立たないように電子マネーを入金していく。
(……だが、この程度の稼ぎでは九条家が課した『特別税』の赤字は埋められん。もっと深い、高利回りの獲物を探す必要があるな)
一郎は、暗闇のさらに奥――かつてはデパ地下だったはずのエリアへと、ゾンビたちを先行させた。




