ep.14 搾取の自動化(オートメーション)
翌朝。
一郎を叩き起こしたのは、電子的なアラート音ではなく、隣室から聞こえる乾いた蹴りと怒号だった。
「クソっ! なんだよこれ、ふざけんなよ!」
一郎は重い腰を上げ、ボロいドアを開けた。
そこには、廊下に据え付けられた共用の配給機――泥水のような合成飲料を吐き出す機械の前で、隣のクソガキが絶望に顔を歪めて立ち尽くしていた。
「朝から景気がいいな。騒音は安眠という貴重なアセットを破壊する最大の要因だと教えたはずだが」
「おっさん、寝ぼけてんのか!? 見ろよこれ、バグってんだよ!」
一郎が配給機のパネルに目を向けると、そこには目を疑うような暴虐な数字が並んでいた。
『本日の合成飲料(標準):3000G』
『内訳:商品価格 100G / エリア特別付加税 2900G』
「……3000G、か。ずいぶんと『お高い』飲み物になったな」
この国の税制は、もともと狂っている。
本来、この配給飲料は商品価格100Gに対して、消費税50%の50Gが加算された合計150Gで買えるはずのものだ。
それですら非登録市民にとっては重税だが、今パネルに表示されているのはもはや税ですらない。
国家による剥ぎ取りだ。
非登録市民の平均的な日給は6000G。
一日二杯、喉を潤せばその日の労働成果はすべて消失する。
残るは、一分一秒刻みでウォレットを削り取る『滞在税』の支払いだけだ。
(……九条、とか言ったか。あの執行官の上司、ずいぶんとプライドが高いらしい。犯人が特定できないからといって、区画全体の徴税設定を書き換えて『面』で潰しに来るとは)
一郎は深く溜息をついた。
システムは、このエリアにいる「動体ユニット」を平等に、そして徹底的に絞り尽くそうとしている。
残高がゼロになった瞬間、システムはその個体を『債務不履行ユニット』と見なし、強制排除のアラートを治安維持部隊へ飛ばす。
「おっさん……俺、もうダメかも……。一食分払ったら、滞在税の分が残らねぇ……」
生意気なガキの、初めて見る弱々しい声。
一郎は懐から、一粒のジェムを取り出し指先で弄んだ。
(隣で餓死されるのは、清掃コストもかかるし、何より私の安眠を妨げる『不良債権』だ。……不本意だが、少しばかりポートフォリオを組み直す必要があるな)
一郎は、脳内の家計簿に「先行投資:隣人維持費」と書き込んだ。
彼が望むのは「平穏」であって、「死体の山」ではない。
そして、その「コスト」を無理やり押し付けてきた「九条家」という巨大権力に対し、社畜として培った『損害賠償請求』の精神が静かに鎌首をもたげていた。
一郎は準備を進めるために、「鉄鋲打ちの籠手アイアン・ガントレット」(3穴+1穴)のジェムを変更した。
【発動スキル:Raise Zombie】
【空】
【空】
【発動スキル:Desecrate】
強力なダメージ時ショックウェーブの3リンクジェムを苦渋の決断で外すしかない。
しかも現状ではサポートジェムもなく、ゾンビ単体というひ弱な運用になる。
一郎は、網膜のスキルツリーから、最も「コスパ」のいいノードを選択した。
【パッシブ:Minion Damage(ミニオンダメージ増加)】
【パッシブ:Minion Attack Speed(攻撃速度)】
これで鈍重なゾンビもかなり強化されたはずだ。
「おい、クソガキ。……少しばかり、外貨を稼ぎに行くぞ。死体相手なら、税金はかからないからな」




