ep.10 マナ貫通と廃棄区画の主
廃棄区画(セクター13)。
そこはかつての下水処理施設が複雑に絡み合った、陽の光も届かない「都市の腸」だった。
ダストシュートから転がり落ちた一郎を待っていたのは、鼻を突く死臭と、視界を塞ぐ不気味な緑の霧だ。
「……うぐっ、なんだ、この不快な感触は」
霧に触れた瞬間、一郎の『マインド・オーバー・マター(MoM)』が反応しないまま、直接「命(Life)」を削り取られるような鋭い痛みが走った。
(な……なぜだ! ダメージをマナで肩代わりするはずのMoMが機能していない!? まさか、これがPoEの……『カオスダメージ』の仕様か!)
混沌ダメージは、防御を無視して直接ライフを削る。
投資で言えば、元本保証だと思っていた商品が、特約一つで一気に紙屑に変わったような衝撃。
一郎は慌てて口元を袖で覆うが、ジリジリとライフが減り続ける感覚は止まらない。
(痛い、痛すぎる! 死ぬ、このままでは一分と持たずに死ぬ!)
パニックになりかけたその時、一郎の右手が「カチッ」と音を立てた。
一定以上のダメージを蓄積したことで、埋め込まれた【被ダメージ時キャスト】がトリガーを引いたのだ。
「う、うわあああ! 出る、勝手に出る!」
ドォォォン!!
一郎の体から凄まじい不可視の圧力波――『衝撃波』が爆発した。
毒霧の影響で微弱なダメージを受け続ける限り、このシステムは一郎の意思に関係なく、痛みを燃料にして「拒絶の波」を連射し続ける自動防衛機械と化す。
(毒霧でダメージを受ける→スキルが自動発動する→周囲を吹き飛ばす……! 痛いが、これなら近づかせずに済む!)
その時、霧の奥からズズ……ズズ……と重い肉塊を引きずるような音が響いた。
そこにいたのは、巨大な『変異した野良犬』だ。
その首筋には、不自然なほど鮮やかな『緑の宝石』が肉に食い込むようにして埋まっていた。
犬が歩くたびに地面から禍々しい「死体の山」が湧き出し、それが腐敗してさらなる毒霧を吐き出している。
(……見つけた。あれが『デセクレイト』の主か。あの犬自体が、ジェムを暴走させている!)
犬が唸り声を上げ、一郎に向かって突進してくる。
だが、一郎に触れることすら叶わない。
ドカン! ドカン! ドカン!
「痛い痛い痛い! 来るな、あっち行けええ!」
毒霧のダメージに反応して全方位に放たれる衝撃波が、突進してくる巨犬をボロ雑巾のように弾き飛ばし続ける。
一郎は自分の腕が勝手に放つ衝撃に振り回され、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に犬の首元へ手を伸ばした。
それは英雄の戦いなどではなく、激痛に耐えかねた男が、元凶を排除しようと狂乱する悲惨な「自動処理」だった。




