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5話 ~梅コースは三十万円~

 


 深い森の中を貫く、細い獣道。


 踏み固められた土の道に、午前中の青空から容赦なく日差しが降り注いでいた。気温は三十度ほど。何もしていなくても、じっとりと汗ばむ陽気だ。


 生い茂るジャングルの木々の隙間から差し込む木漏れ日が揺れ、湿り気のない乾いた暑さが、逆に異世界らしさを際立たせている。


 一本の古木の根元で木の実を齧っていたリスが、不意に耳をそばだてた。

 次の瞬間、危険を察知したのか、幹を駆け上がって高い枝先へと逃げていく。


 やがて、四人の男たちが姿を現した。


 列の中ほどで異彩を放っているのは、芦屋玉座。

 サイボーグパンダのTシャツに長めのパーマヘアを揺らし、どこかふてぶてしい自信を漂わせて歩いている。


 その前後を、リュックを背負った三人の若きイケメンが囲んでいた。


 眼鏡越しの視線に冷静さを宿す横澤。

 人懐っこい笑顔を絶やさない北方。

 そして、ヤンキー然とした雰囲気の二階。


「霊能力者なんですか?」


 振り返った北方美月が問いかけると、玉座は愉快そうに笑った。


「胡散臭いだろ?」


「……昨日までの私なら、そう思っていたかもしれません。ですが昨日、あの時……確かに不思議な力を感じました」


 横澤は真剣な表情で言う。


 芦屋が立ち去ろうとした瞬間、横澤の体は何かに締め付けられるような感覚に襲われた。物理的な力ではない、奇妙な圧迫感。


「ああ、それな。無意識なんだよ。感情が高ぶると、ついそうなっちまう」


 玉座は事もなげに言った。


「すっげえ……。俺、本物の霊能者なんて初めて見た」


 二階が目を輝かせて身を乗り出す。


「でもさ、ぶっちゃけ霊能者って儲かるの? 飯、食っていけるもんなの?」


「ボロ儲けだ」


 芦屋は、レアなポケモンを自慢する小学生のような顔で言った。


「相手は金持ちだ。意外と立派な学校を出て、社会的地位のある連中ほど、目に見えない力を信じる。自分には何も見えないくせにな」


「そうなんだ……」


 北方が感心したように頷く。


「コースは松竹梅の三種類。一番安い『梅』でも、一時間三十万。交通費は別途だ」


「マジで!? 時給三十万!?」


 二階が素っ頓狂な声を上げた。


「高いと思うだろ? でも一流企業の役員クラスになると、年収一億超えがざらだ。そんな連中にとって三十万なんて、端金なんだよ」


「知らない世界すぎる……」


 二階が溜息をつく。


「『松』なら百万円で、霊験あらたかなお守り付きだ。テレビで聞くような会社の社長が、それをありがたがって神棚に飾ってるんだから笑えるぞ」


「……実際に、霊が見えるのですか?」


 横澤が真剣な表情で尋ねた。


「見える」


 短い一言に、確かな重みがあった。


「まあ、大半は気にするほどでもない弱い霊だがな。だが高い地位にいる人間ほど、妙なものが憑きやすい。他人から恨みや嫉妬を買うからだ」


「もし、お客さんに悪い霊が憑いていたら、どうするんですか?」


 少し怯えた様子で北方が聞くと、芦屋はあっさり答えた。


「塩をぶっかける」


「塩……。やっぱり、すごい効果があるんですね」


「ああ。弱い霊ならそれで消える。霊に当たった塩は真っ黒になるんだ。それを見た途端、半信半疑だった金持ちのオッサンが『あなたは本物だ』『次もお願いします』って、ぺこぺこ頭を下げるようになる」


 芦屋は楽しそうに肩を揺らした。

 だが、ふと目の前を歩く三人の整った後頭部が視界に入ると、口角が歪む。


「……まあ、お前らみたいなのは羨ましいけどな。顔が良いだけで良い思いをして、悩みもなさそうだし」


 棘のある言葉に、北方が寂しげに眉を下げる。


「悩みならありますよ。僕だって……」


「聞かせてみろよ。学生の悩みなんか社会人から見てみれば笑ってしまう程度のものだ」


 鼻を鳴らす芦屋。


「実は僕、今度アイドルとしてデビューする予定なんです。でもダンスが得意じゃなくて……。デビュー公演のチケットは、もう完売しているのに。毎日、不安で……」


「…………」


 芦屋は無言で北方を凝視した。


 続いて、横澤が遠くを見るような目で言う。


「私はスカウトでモデルのバイトをしているのですが……現場では他のモデルから無視されています。この前は鞄を隠されました。ただのバイトのつもりなのに、なぜそこまで敵視されるのかと……」


「俺はさ……」


 二階が本気で困ったように頭を掻いた。


「同時に二人の女の子から告白されて、マジで困ってる。どっちも良い子だから傷つけたくないし、どう選べばいいのか……」


 沈黙。


 森のざわめきだけが響く中、芦屋玉座の顔が、今にも怨霊を生み出しそうなほど、どす黒く染まっていく。


「………………俺はやっぱりイケメンが嫌いだ。お前らが嫌いだ、大嫌いだ。このパーティーはこれで解散だな」


「ええっ!? どうしてそんなこと言うんですか、リーダー! 僕は本気で悩んでるんですよ!」


 北方が叫ぶが、芦屋の耳には届かない。


「デビュー? モデル? 告白? ふざけるな……。何が悩みだ。ただの自慢だろ! あー嫌だ嫌だ。イケメンは全員、呪われちまえ」


 Tシャツのサイボーグパンダまでが睨みつけているような負のオーラをまとい、芦屋は吐き捨てる。


「もういい、歩け!そして二度と話しかけるな!お前らとの会話は、これ以上精神衛生上よろしくない!」


「ひどいなぁ……」


 その時、一行の視界が急に開けた。


「……あ、見えた!」


 北方の声に顔を上げると、森の緑に抱かれた広大な湖が現れた。

 太陽の光を受け、きらきらと輝く水面。


 一行の目的地――『魔神の池』である。





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