第6話 オルディア
ここは惑星〈ヴァル=セレア〉から遠く離れた地。
かつて“神々の星”と呼ばれた世界――いまや銀河帝国〈オルディア〉の第七属星として登録された星。
召喚と祈りの文化が残る“未開の地”として、帝国では長らく“観光価値以外のない辺境”と呼ばれてきた。
帝国人たちはその名を軽蔑と共に口にする。
〈ヴァル=セレア〉――“蛮族の星”。
魔法という曖昧な力を信じ、今もなお“神々”という亡霊に縋る者たちの楽園。
彼らの召喚術は、帝国では“反科学的儀式”として笑いの種にされていた。
「彼らの魔核は欠陥品だ」「魂を数値化できない原始生命」
そう評されることさえ、今では珍しくない。
帝国オルディアは、そうした“未開の遺物”を忌み嫌っていた。
魔法は誤差、信仰はノイズ。
統計こそが真理であり、アルゴリズムこそが神。
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――惑星〈オルディア〉。
この惑星を治めるのは、“銀河皇帝”の血を継ぐ者。
人々はその名を畏れと共に、そして従順な誇りと共に口にする。
〈オルディア皇統〉――千の惑星を支配し、万の属星を“文明指数”で評価する王家。
その統治の指標は“魔法の有無”ではなく、“数値化された生産性”。
召喚士のような不確定存在は、帝国の計算式の中では“誤差の範囲”に分類されていた。
“神”も“魂”も、測定不能という一点で切り捨てられた。
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代々の皇帝は星々の秩序と法を司り、
巨大帝都〈アクシオ・ドーム〉にその玉座を構える。
そこでは、星の軌道すら計算で修正され、
天候、人口、思想までもが“統計”によって制御されていた。
空には無音の車が漂い、人工の陽光が一日を支配する。
街を歩く人々の瞳には、もはや“夢”という概念はなかった。
――彼らは幸福を“設計”されている。
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皇帝府の中心、黒鋼の尖塔の最上層。
そこに座すのは、“永世皇帝”オルディウス=レイ・オルディア。
彼の心臓はすでに人のものではなく、“人工核”が埋め込まれている。
古の魔核を模倣した、“神なき魂の代用品”。
皇帝は言う。
「人はもはや神を超えた」と。
召喚は迷信。信仰は錯覚。
“統計”こそがこの銀河の神だ。
それがオルディアの信念であり、
属星〈ヴァル=セレア〉が軽蔑される理由でもあった。
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だが、その“完全な秩序”に、ひとつの異音が走る。
――雷鳴。
この惑星では存在しないはずの自然現象。
気候制御網の中に“雷”の発生項目は存在しない。
それは理論の外側の音。
“神々の星”から届いた、ありえない響き。
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「陛下……報告いたします!」
「第七属星ヴァル=セレア宙域にて、雷鳴の予兆を確認!」
広大な玉座の間に声が響く。
人工の空の下、皇帝オルディウスはゆっくりと目を開いた。
機械仕掛けの虹彩が光を走らせ、冷たい声が落ちる。
「……ヴァル=セレア、だと?」
その名を聞いた瞬間、顧問たちがざわめいた。
「まさか、蛮族の星に……」
「いや、観測機の誤作動だろう。」
嘲笑と恐れが入り混じる。
オルディウスは沈黙したまま、宙に浮かぶ銀河図を見上げた。
ホログラムの中心に浮かぶ蒼い光――〈ヴァル=セレア〉。
「……神々の星、か。皮肉なものだな。」
低く、笑みともつかぬ声が落ちた。
「蛮族の祈りが銀河を震わせたか。それとも、我々の神経網にノイズが走ったか。」
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「調査隊を出しましょうか?」
顧問の一人が恐る恐る問う。
「構わん。ただし、軍ではなく観測船だ。」
皇帝は冷たく言い放った。
「目的は資源だ。ヴァル=セレアに“スパイス”が眠っているならば、征服の理由として十分だ。」
その一言で、空気が変わった。
顧問たちの目が一斉に輝く。
スパイス――それは帝国にとって、延命の鍵、支配の燃料、そして永遠の欲望。
「調査を開始せよ。ただし――属星の蛮族どもには知られるな。」
「了解しました。『神々の声』などという幻聴で自滅させておきましょう。」
笑い声が広がる。
冷たい、機械のような笑い。
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皇帝は玉座に背を預け、低く呟いた。
「……神の名を持つ星が、再び目を覚ましたか。
ならば今度は、“我らの秩序”の名の下に沈めてやろう。」
その言葉と共に、黒い外套が翻る。
ホログラムの海に光が走り、帝国の先遣艦隊が無音で動き出した。
冷たい銀河の中、
蛮族の星〈ヴァル=セレア〉へと――再び、“帝国の影”が落ちた。




